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随筆
次のステージへ
2009年6月23日 00:12
今日、はっきりと、人生の次のステージへ進むべき段階だと意識できました。

さ来年2011年春、アメリカのニューヨークで音楽活動をしよう。
ビザの期限ぎりぎりまで、自分の音楽を演奏しまくろう。

去年からもやもやと考えてきたことなのですが、実行するタイミング逃したまま、仕事に忙殺されていました。ふと、今日、思い出したように決心しました。

来年は台湾で演奏し、本州を北から南へまわる「宝石展示会」ツアーの仕事が半年間入っていて、すでに身動きが取れません。でも、忙しい今年、来年にお金を貯めて、渡米の準備をしよう。去年は解決策が思いつかなかった、旅行中の妻の仕事のことや、収入源も、方法が見つかりそうです。

マイルス・デイビスの自叙伝を読み、津軽でぶん太さんの笛を聴き、舞台上での出来事が重なって、一気に人生を加速させました。

満足に仕事も生活も出来ている今だからこそ、ここに安住してはいけない。もっともっと、自分は伸びるはずだ。ブレイクスルーへ導いてくれた、あらゆる状況に感謝。

(津軽紀行 途中ですみません)

"天才"に会ったことはありますか?
2009年6月19日 22:47
6/19から、青森にツアーに出ています。メールのお返事ができるのは
6/23以降となります、どうぞご了承ください。

尚、急なご用件は、お気軽にお電話ください。

心を制したものが・・・シリーズを書きました。

⑤道とは

④豊かさとは

**************************

毎日、目が回るほど忙しく、新しい刺激がどんどん入ってくるこの頃。

水曜日のライブ後に書店に立ち寄り、明日からの青森ツアーの友として選んだ本が 「マイルス・デイビス自伝」。

マイルス・デイビス(1926年 - 1991年)は伝説的ジャズ・トランペッターで、 常に新しい音楽を切り拓開いていった音楽史に残る偉人。 ・・・というくらいしか知識がなかった。 それに、普段殆どジャズを聴かないのだけど、いつも手に取らないような本を 選ぼう、と思いきって買ってみた。

これが、めちゃめちゃ面白い!

天才的で、自信家で、反骨精神溢れるマイルス。 意外にも医者の息子という裕福な家庭に育ち、高学歴で頭脳明晰だったマイルス。

はっきり言って僕の大嫌いなタイプだ。

絶対、友達になれそうにない。

でも、心底カッコいい。

まだ全部読んだわけではないけど、今日、さっそく第二巻を買ってしまった。

マイルスが音楽で頭角を現し始めた1930年代というと、アイリッシュ・ミュー ジックではジョン・マッケナ(フルート)やマイケル・コールマン(フィドル)など、 今や古典とされているようなプレーヤーが活躍していた時代。

そんな彼らと同時代のマイルスなのに、彼の音楽は「古典的」ではなく、いまでも 斬新であり続ける。時代を一歩も二歩も先を行っていたからだ。

彼のような天才の人生を垣間見ると、いかに自分が平凡かと本当に悔しくなってしまう。だから、こんな本、読みたくなかったんだ...。

マイルスが、その音楽を完成させるまでに弟子を取っただろうか?

マイルスが、自分の音楽を誰かと比べて自信をなくしたりしただろうか?

マイルスが、瑣末な日常の小事に、目的を見失ったりしただろうか?

マイルスだったら・・・

マイルスだったら・・・

天才と呼ばれる人たちに共通しているのは、恵まれた環境があったこと、 幼少期から教育を受けていたこと、行動力と好奇心が並外れていること等・・・ 天才の生涯を研究するのも、面白いかもしれない。

思えば、この人生で、天才と呼べるほどの人物に会った気がしない。 才能ある人ならたくさんいる。でも、マイルスほどの人は・・・

22世紀に名を残すほどの天才が現代日本にいるのであれば、 なんとしてでも会ってみたいものだ。

"天才"に会ったことはありますか?

心を制した人が、人生を制する。⑤道とは
2009年6月18日 00:09
日本の伝統文化には、「道」とつくものが多いです。
茶道、花道、書道、剣道、柔道、合気道・・・

日本人にとって道とは何なのか、一度、ちゃんと調べてみたいものです。

僕は、人生は素晴らしい修行の場だと思っています。
(何度も言いますが、宗教は関係ないですよ。)

さまざまな欲にまみれながら、失敗したり苦しんだりしながら、
自分の使命を見つけ、限られた人生で使命を全うする・・・。

試練や苦しみは、人生からの練習問題。
解けたら次のステージへ。
解けなかったらまた同じ問題をやりなおし。

解けないままタイムリミットを迎える人もいるし、早々と解いて、
他の人の試験を助ける人もいます。

僕にとって、あらゆる人は登山家ですね。

しかも、それぞれ違う山を登っている。
山の高さも人それぞれ全然違う。

登山口を見つけられる人もいるし、なかなか見つけられない人もいる。

登山中、天気が良くて山のてっぺんを見られる人もいるし、
雲や森のせいで見られない人もいる。

登山中、猛獣にあったり崖に転落してしまう人もいる。

滑落して、何度も登り直している人もいる。

それぞれ、自分の山を登るべく頑張っている。

そういう意味では、敵もライバルも存在しない。

きっと、どんな山であれ(剣道でも、会社経営でも、音楽でも、育児でも)
山を登りきった人どうしは、心が通じ合えるのだと思う。

それぞれ違う山だけど、山の頂上は、ひょっとしたら一つの場所なのかも
って思う。そんな山は現実にはありえないけど。

僕にとっては、それが音楽であり、笛だったんだけどね。

でも、最近、音楽や笛は方便で、ひょっとしたらもっと大きな目的の
ためにやっているだけなのかも、と感じてきました。

みんなの登山を応援しています!!


2時間かけてシリーズで書いちゃいましたけど、どうして僕が、今、
「心」に重大な関心を寄せているか、ちょっとは伝えることができましたでしょうか?

幸せも、豊かさも、自己実現も、ぜんぶ心のコントロール次第。

心をマスターした人が、人生をマスターするんです。

心、大切に磨いていきましょう。
自分が一生で一番長く付き合う相手は他ならぬ、自分なのですから・・・。

書きたいこと書いたので、この辺で。

心を制した人が、人生を制する。④豊かさとは
2009年6月17日 23:17
もう、なんだか書きだしたらとまらなくなっちゃいました。

豊かさについて。

これが、心と、どう関係があるのかって?
大いにあると思っています。

まず、経済的な豊かさ。
豊になるにはまず、収入を増やさなければなりませんよね。

なんとなく「お金が欲しいなあ~」、「億万長者になれたらなあ~」と思っている
人は多いと思います。

でも、その中で心の底から「私はお金持ちになるぞ」と思っている人って、
どのくらいいるでしょうか?「想う」と「念ずる」の差ですね。

そして、さらに、「お金持ちになるための計画」を立てて、日々それを実践している
人はどれだけいるでしょうか?

きっと、「億万長者になれたらなあ~」と思っている人の0・01%もないんじゃないかと
思います。

「求めよ、さらば与えられん。」と聖書にもあるではありませんか。
求めないものは、与えられないのですよ。

想いが変わると、行動が変わる。

行動が変わると、結果が変わる。

その積み重ねが、何十年経った時、どれほどの差を生むでしょう?


次に、収入があっても、湯水のように使っていては穴の空いたバケツです。

人間は、どんなに冷静に、理性的に経済活動をしているかのように見えても、
実際には感情でお金を使っているのです。

だって、「これ欲しいなあ」と思うから、買うんですよね。

じゃあ、なぜ「これ欲しいなあ」と思うのか。
それは、必要だから。

本当に?

本当に、それがなくては生きていけませんか?

本当に、その商品でなくてはいけないのですか?

本当に、今、それがなくてはいけないのですか?

どうです?ひるむでしょ(笑)

感情がお金を払わせているんですね。

本当には必要のないものに対して、さも必要であるかのように思わせている
のが、物欲の正体です。

つまり、お金を節約するには、我慢でもアイデアでもなく、
感情をコントロールすること。

物欲を身の丈以上に持たないことが大事です。
逆に、セールスするには、お客様の感情に訴えることが大切なんです。
どれだけ、必要性を感じて頂けるか。


もちろん、経済的な豊さなんてものは、心の豊かさに比べたら、取るに
足らないものです。しかし、衣食住足りて礼節足る。
人間も生き物である以上、体のゆとりなくして心のゆとりもありません。

必要以上に富が集まったら、回りの人を幸せにするために使いたいと、
僕は思います。

心を制した人が、人生を制する。 ②
2009年6月16日 18:07
苦しみはどこから生まれるのだろう?

僕は、これがずっと疑問でした。

お釈迦さまは、この世の苦しみは8つであると説きました。

* この世に生を受ける苦しみ
* 醜く老いる苦しみ
* 病の苦しみ
* 死の苦しみ

の四苦と、

* 愛別離苦(あいべつりく) - 愛するものと別れなければならない苦しみ
* 怨憎会苦(おんぞうえく) - 嫌いなものに出会う苦しみ
* 求不得苦(ぐふとくく) - 欲しいものが得られない苦しみ
* 五蘊盛苦(ごうんじょうく) - 生命としての基本的な苦しみ

これをあわせて四苦八苦といいます。

余談ですが、除夜の鐘を108回つくのは、
四苦(4×9=36)と八苦(8×9=72)を合わせて108ということで、
人間には煩悩が108あるから・・・とのことです。

ちょっとダジャレみたいですが。

あ、この辺でお断りしておきますが、僕は新興宗教に
はまっているわけではありませんので・・・
ウチは「いちおう」というくらい信心の無い無節操な仏教です(浄土宗だっけ?)。

僕の20代は苦しみの時代でした。
人間は、生きながらにして鬼になれるものですね・・・。

それは、自分の歪んだものの見方から生じる、間違った行動によって
引き起こされていた、いってしまえば「因果応報」でした。

すなわち、人より抜きんでたい、注目されたい、愛されたい、
お金持ちになりたい、楽しみたい・・・
という我欲ばかりだったのです。

心が貧困だったのですね。

その結果として、何度か生き地獄を味わいました・・・。
これが、「自業自得」ですね。

この苦しみの時期は20~25歳の頃だったと思います。
そこから大いに反省しました。

色々ありますが、簡潔に言うと「こだわらない生き方」になりました。

お金や物に執着しない、勝ち負けに執着しない、よこしまな欲を出さない、
人に執着しない、、、すべて、「必要以上に」が付きますが、笑。

そして、自分を苛めずに、過去も自分の性格も認めるようにしました。

イヤイヤやっていたことを辞めて、大好きなことだけをして、
自分が楽しむよりも先ず、人に喜んでもらうことを考えるようになりました。

そうすると、どんどん楽しく、ラクにもなってきました。

苦しみとは、やはり、自分で作り出すものなんですよ。

僕の場合は「欲深さ」ですね。
よこしまな欲を出す → 手に入らないから苦しい → 手に入れようともがき苦しむ

これを20代のうちに諌められただけでも、丸儲けの人生です。

人には、それぞれ苦しみを作りだす理由があります。
でも、それは自分次第でなんとかなるもんですよ、きっと。
だって苦しみは幻なんですから。

出来事に、良いも悪いもないんです。
それを悪いと決めつけているのは、自分自身です。

色即是空、空即是色。

(つづく)

心を制した人が、人生を制する。
2009年6月15日 14:45
この頃ぼんやりと考えていたことが、確信できるようになってきました。

具体的なお話(実話)を3つ挙げて説明します。

ひとつめ。僕の生徒さんのうちの一人で、デイケア施設の職員をしている、とても素敵な女性Rさんが語ってくれたことです。その方が勤める施設に通っていた90歳代のお婆さんのことでした。

かくしゃくとしたお婆さんで、60代70代でぼけてしまう人も多い中、背筋もしっかりとされていて、誰の世話にもなるまいと、一人暮らしをしていたそうです。

ところが、去年だったか足を骨折され、職員さんもご家族も、もう寝た切りになることを覚悟されていたそうです。しかし、意思の力できついリハビリを克服し、自らの力で歩けるまでに快復なさったそうです。

その方が、つい先日、亡くなりました。亡くなる前日にもデイケアに通い、Rさんと一緒に散歩をしたそうですが、その時は調子が悪い様子は全然な かったそうです。ご遺体を発見されたご家族によると、一人でお風呂に入ろうとし、服を脱いだところで、老衰により絶命したとのことでした。死ぬその時ま で、意思の力を貫いたのです。

ふたつめは、去年から健康のためにランニングを始めた方のお話。それまでは不健康で、まったく走れなかったのですが、トレーニングを積むに従い徐 々に走行距離が伸びていきました。最初は越えられないハードルのように思えた中距離マラソンが、今や日々のトレーニング・コースとなった。そんなある日、 まだトレーニングでも走ったことのない、フルマラソンに初挑戦されました。

半分の20キロ地点を超えたあたりで体力の限界を迎え、それでもゴールを目指して力を振り絞り、最後の10キロはもうゴールに到達しようという意 思だけで、足を前に出していた状態だったそうです。最下位でゴールをした瞬間、わけもわからず大泣きしたと言います。語りぶりから、その感動たるや、体験 したものにしか分からないだろうと思わされました。

みっつめ。Rさんの友人の、剣道家の方のことです。その方は、先日、7段という大変難しい昇段審査を合格されました。

7段ともなると、「肉体的な強さ」だけではなく、心の強さが大切だと仰いました。その方が戒めとしていたメモを見せて頂いたのですが、剣道とはま さに自分との闘いであることを感じました。正しい姿勢と気迫で臨み、敵に恐れて構えを崩さず、火の中に咲く蓮の花のごとく、どんな激しい打ち合いの最中で も心を穏やかに勝負に臨むこと。これは、音楽にも当てはまることは、言うまでもありません。

**********************

ひとつめの話への解釈。
人間は、自分が思ったとおりの世界に生きています。実際には効果のない薬を、患者に効果があると信じ込ませて投与したところ、症状が改善されるこ とがあります。プラセボ薬と言いますが、人間には思いを現実化する能力が生まれつき備わっているのです。この逆の現象は、「病も気から」というものです ね。このお婆さんは、相当意思の強い方で、肉体の限界を意思の力で乗り越えたのだと思います。

ふたつめの話への解釈。
この方も、意思の力によって、肉体の限界を乗り越えられたのでしょう。人は自分の限界を自分で決めてしまうのです。「できない」と思ったことは、 まずできない。「できる」と思ったことはできてしまう。前者タイプの人は、その後「案の定できなかった」と、自らの限界をどんどん狭めてしまい、後者タイ プの人は「やっぱりできた!」と自信をどんどん深めていきます。その積み重ねは大きな差になります。

みっつめの話への解釈。
恐れとは自分が作り出した幻です。恐れを感じる時、人は、敵のあるがままの姿を見ているではなく、自分の鏡映しを見ています。恐れによって、人 は、心を乱され、限界を作りだし、自分を見失います。トップレベルのアスリートや音楽家を見ていると、自分に勝つことこそが大切なのだとつくづく感じま す。では、敵との勝負とは何か。それは、2人の人間が、お互いに、自分に勝とうと闘っている状態なのです。自分に負けた者が、相手にも負けるのです。こう 思えば、敵はどこにも存在しません(無敵といいます)。対峙している相手は、自らの限界を高めてくれる先生なのです。

********************
第二話 不幸とは

日々生活していて、現実は心が生みだしているということを常に実感しています。

この世は苦しみだ、自分には悪い人ばかり集まり、悪いことばかり起こる、
お金は汚い、人間は欲深い、善も正義もない、人は誰しも孤独だ・・・
という世界観を悲しいかな持ってしまった人にはそのような人生が待ち受けています。
人はこのような思いを持って産まれるわけではないので、本人も可哀そうな存在です。

この世の苦しみには価値がある、自分を助けてくれる良い人が集まる、
出来事には良いも悪いもなくどう感じるかだ、お金は美しい、人間の行いは尊い・・・
という世界観を持っている人には、そのような人生が待っています。

先日、富山から舞鶴へ向かうワンマン電車に乗車中、降り過ごした乗客の男が、
運転中の車掌にものすごい剣幕ですごみ、「今からすぐに前の駅に電車を引き返せ」と
怒鳴っていました。もちろん、彼がボーっとしていたから降り過ごしたのです。
車掌はなんとか なだめすかして、次の駅に電車を停車させましたが、ワンマンカーの
ため、プラットホームで男と揉めて、しばらく電車が止まってしまいました。
車掌がいまにも殴られそうな勢いだったので、生まれて初めて110番をした日でした。

その男が、この先どんな人生を歩むか明らかです。
このような人物が、人に愛され感謝されながら、豊かに幸せに暮らしているとは思えません。
彼は、どんな因果かわかりませんが、この世で苦しみながら心の修業を
しているのだな・・・大変な苦労をされている方なのだな・・・と思います。

先ほどの文章で、「恐怖」は自分が作り出した幻だと書きましたが、「不幸」もまた、
自分が作り出すものだと思います。

世の中をプラスとマイナスだけでとらえていては、不都合なことがあると不幸だと
感じるようになります。恋人がいなければマイナス、子供がいなければマイナス、
生まれた子が障害児だったらマイナス・・・

先日も、盲目のピアニスト辻井伸行さんのおいたちを紹介したTV番組で、夫婦に子供を
授かったときには明るい感じのBGMが、その後、わが子が盲目だと分かったときには
暗黒のBGMが流れ、しかし盲目だが音楽の才能があると分かった時には、
再び明るいBGMになっていました。

盲目=不幸と決め付けては、盲目の方に失礼ではないでしょうか?

不幸か幸福かは、自分が決めることです。
不幸だと思うから、不幸になるのです。

都合が悪いことが起きたからといって、世の中で不幸だとされているからといって
不幸だと嘆く人は、自分の中に軸がない人です。

(つづく)  

明日から北陸に出かけます
2009年6月 6日 00:23
メールのお返事が水曜日までできませんが、どうぞご了承ください。

hatao 北陸ツアー in 富山

日時 2009年6月7日(日) 
開場 16:30 開演 17:00
共演者

赤澤 淳(ブズーキ)

場所 フェルヴェール本店

富山県高岡市福岡町下老子775-2
0766-64-8805
チャージ、予約 ケーキセット付き 2500円
(前売/当日の別なし)

40席限定ですので、お早めに!
090-1637-4457 (一守)
内容 アイルランド、スコットランドなどケルト文化の笛の魅力を伝えるコンサート。

日本でも親しまれている「アメイジング・グレイス」や「ダニー・ボーイ」、映画「タイタニック」のテーマなどの美しいメロディや
楽しいダンス曲を、多種多様な楽器でお楽しみ頂きます。

前半プログラムはやさしい解説を中心にしていますので、 馴染みのない方にも楽しんで頂ける内容です。どうぞご家族でお越し下さい。
同時開催レッスン 13:30から15:00までJR高岡駅前「ウィングウィング高岡」にてケルトの笛グループ・レッスンを開催します。ティン・ホイッスル、モダン・フルートでご参加ください。貸出楽器もあります。事前にお申し込みください。


本日は畑天紅(はてんこう)の京都フィールドでのコンサート、大盛況でした。お越し下さった方、ありがとうございました。天澤さんとは年に2回くらいしかご一緒できないのですが、クラシック仕込みの確かなテクニックと、アイリッシュ&スコティッシュのツボをついた演奏、いつも楽しんでいます。
我々はイングリッシュやスコティッシュも多数演奏します。今日はティン・ホイッスルの出番はナシで、ピッコロをたくさん演奏しました。イングリッシュには合う気がしています。

さて、MCでしゃべろうと思っていたネタ。

昨日、フルートのオールアイルランド・チャンピオンのStephen Dohertyさんの動画を見ていたんですよ。さすがにチャンピオンだけあって、アイリッシュの演奏にかけては僕より格段に上手いな~と素直に思いつつも、ギターの人も含めて流行の演奏スタイルで、二人とも誰かのまねみたいな演奏をしていて、そういう意味では面白みはないな、何がしたいんだろう?と、ちょっと、批判的な気持ちでもいました。

そしたら、妻が二階に上がってきて。「これ、あなたの演奏でしょ?そうでしょ?」と。

ちょっとショックなような、チャンピオンに勘違いされて嬉しいような(重ねて言いますが、アイリッシュの演奏にかけては僕より各段に上手いですから)複雑な気分でしたよ。チャンチャン。






この人、アコーディオンでもチャンピオンで、動画を見ることができます。フルートとアコーディオン両方やる人は少ないので、すごいですよね。

CD店の空洞化...気になるニュースです
2009年5月14日 09:27
金沢市の都心部から、CD店がほぼなくなってしまったというニュースです。

http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/ishikawa/news/20090515-OYT8T00111.htm

思えば、僕も最近はCD店にはほとんど足を運ばなくなってしまいました。

民族音楽や古楽など、求めるジャンルがやや特殊なだけに、CD店に行っても欲しいと思えるものがない。やがて、インターネットのダウンロードサイトを知り、毎月購入するようになりました。アメリカのE-musicですが、定額2000円で50曲くらい落とせるのかな?CDにするとアルバム3、4枚になります。

CDを買っても、パソコンに取り込んで、パソコンで聴いています。そうであれば、ダウンロードしたほうが安いんですよね。部屋がCDで散らかるということもないし。
また、ネットでは試聴ができたり、トラック単位で購入できるのが便利です。
昔なら、好きなミュージシャンが入っていれば、数曲のゲスト参加でも買ったりしたものですが、ネットなら、あらかじめ、演奏者で検索してピンポイントでその曲を買ったりもします。

それこそ10年くらい前は、京都河原町界隈のJEUGIA、ヴァージンメガストアは面白い品揃えで、特にJEUGIAは民族音楽コーナーが充実しており、足しげく立ち寄ったものです。しかし、いつだったか、コーナーが縮小してしまい、視聴機も減りました。

こうして、ネットで買う人が増えると、CD店はますます売れ線のものしかおけなくなってしまい、そうなるとますますコアな音楽ファンを遠ざける要因に・・・悪循環ですね。

知人にもCD店の従業員が何人かいますが、今後はますます経営が難しいことでしょう。ジャケットを見ながら、どんな音楽が聴けるのかわくわくしながら選ぶ喜び、というのが、今となっては懐かしいです。

尼崎的スローライフ
2009年5月13日 22:43
尼崎は日本の高度成長期を牽引した工業地域として有名です。しかし、僕の暮らしている北部ともなると、田圃や畑がちらほら広がるのどかな風景です。

ここは富松一寸豆という空豆の産地で、5月の収穫期になると、近くの神社でお祭りが開かれます。
自宅の練習室からは、向いの畑が見えます。今朝は、その畑で小学生、幼稚園の学習の一環として、子供たちが豆を収穫していて、にぎやかでした。

Image125.jpg

自宅でも、洗濯物干しスペースを耕したささやかな畑で野菜を育てています。キュウリやゴーヤーの苗。トマト、ナス、ジャガイモ、ラディッシュ、ツルムラサキ、ミントも作っています。みんな可愛い!

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去年の暮から植えたスナップえんどうが、収穫の時を迎え、毎朝たくさん取れます。

Image113.jpg

買ってきたソラマメ、グリーンピースとともに、調理します。豆は、乾燥したのもフレッシュなものも大好き。

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春の豆スパゲッティを作りました。ペペロンチーノ風に、塩とニンニク、唐辛子で味付け。

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おまけで、ウサギの「さくら」です。庭に自生するクローバーを食べてくれます。

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これから夏にかけて、庭仕事が楽しみです。

尼崎的スローライフ
2009年5月13日 22:43
尼崎は日本の高度成長期を牽引した工業地域として有名です。しかし、僕の暮らしている北部ともなると、田圃や畑がちらほら広がるのどかな風景です。

ここは富松一寸豆という空豆の産地で、5月の収穫期になると、近くの神社でお祭りが開かれます。
自宅の練習室からは、向いの畑が見えます。今朝は、その畑で小学生、幼稚園の学習の一環として、子供たちが豆を収穫していて、にぎやかでした。

Image125.jpg

自宅でも、洗濯物干しスペースを耕したささやかな畑で野菜を育てています。キュウリやゴーヤーの苗。トマト、ナス、ジャガイモ、ラディッシュ、ツルムラサキ、ミントも作っています。みんな可愛い!

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去年の暮から植えたスナップえんどうが、収穫の時を迎え、毎朝たくさん取れます。

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買ってきたソラマメ、グリーンピースとともに、調理します。豆は、乾燥したのもフレッシュなものも大好き。

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春の豆スパゲッティを作りました。ペペロンチーノ風に、塩とニンニク、唐辛子で味付け。

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おまけで、ウサギの「さくら」です。庭に自生するクローバーを食べてくれます。

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これから夏にかけて、庭仕事が楽しみです。

たまには人生を語る(3)
2009年4月25日 01:51
今日は数年来の友人の結婚式で京都へ。仏滅で大雨だったけど、キリスト教式だから 仏滅は関係ないし、大雨も、恵みの雨と思えば、今日は結婚式には最高の日だよ、ね。

彼はキリスト教徒だったのかあ。それとも新婦さんの方かな?

キリスト教徒の結婚式は始めて見たけれど、絵にかいたような良い結婚式でした。 宣誓、指輪交換、誓いのキス、フラワーシャワー・・・。

誕生、成長、結婚、死別など、人生のドラマの現場に立ち会うと、大きく心が 揺さぶられ、いろいろな感情や思考がわいてくる。

今日は一日、「幸せ」について考えていた。

結論から言うと、幸せって、「出来事」や「感情」ではなくて、「状態」なんだと思う。

そして、それはドキドキしたり、興奮したりする激しい感情が伴うものではなくて、 ほんわかと心穏やかな感情が、長続きする状態。

よく、「宝くじが当たったら、お金に困らなくて幸せになれる」とか、 「恋人が出来たら幸せになれる」、などいろいろな条件で、今よりも幸せになることを 夢見る考え方がある。「○○なら幸せに...」の○○の部分は、人の数ほどたくさんの 設定ができる。株式上場したら、阪神優勝したら、オーディションに受かったらetc...

そういうことが実現すると、ドキドキする。嬉しくなる。

嬉しい=幸せだと、人間は勘違いしてしまいがち。

でも、「嬉しい」感情は、割とすぐに終わってしまう。

ところで、幸せは数値化できると思う?
恋人が欲しいと言っていた人に、一気に2人の恋人が出来たら、幸せは2倍?
年収300万の人が、3億円にアップしたら幸せ数値も100倍になるのかな?

いや、2人も恋人が出来てしまったら、良心の呵責に苛まれ、いつばれるか ヒヤヒヤして、どちらかを失うのではないかと心安らかにはいられないでしょう。 しょっちゅう恋人が変わるような人も、まるでジェットコースターのような感情の 揺れに麻痺していしまっていて、心穏やかとは言えません。

3億円稼ぐ人も、いつ収入が途絶えて、今の生活水準を維持できなくなるかとか、 誰かにお金を盗まれはしないかとか、やはり心安らかにはいられないでしょう。

結局、何かの条件をクリアしたところで、人間を苦しめる「不安」や「恐怖」は 消えることはなく、むしろ失うものが大きくなる分だけ、増大していきます。 お金持ちにはお金持ちの、モテる人にはモテる人なりの悩みがあるのでしょう。

僕は、「幸せ」というのは出来事とか、条件づけ、激しい感情で客観的に計れるもの ではないと考えました。 もっと冷静で、主観的な感情、つまりは現状に満足しているかどうか。

満足なのであれば、その感情の状態を維持するために、何をすれば良いのか 考える。不満なのであれば、どうすれば満足できるようになるのかを考える。

「幸せになる!」という言葉は、つまり「現状不満」だと表明しているのと一緒です。 現状に満足している人は、「幸せであり続ける」ことを目指した方がよいかも しれませんね。

僕は、「嬉しい出来事」は人生のご褒美だと思ってありがたく受け取り、心穏やかで暖かい感情の状態を常に保てるようにしていきたいと思っています。それが僕にとっての幸せの形。

すみません、まとまりませんが、このテーマは追求したいことなので、また 何か考えたら書き留めます。

新しい夫婦が、末永く幸せでありますように!

朝鮮語と朝鮮人
2009年4月21日 23:28
最近、気になって調べたいことなのですが、日本で「朝鮮人」と言ったとたんに 空気が凍りつく、この感覚ってなんなのでしょう。

とても微妙な問題だし、話をするにはいろいろなことを気にしなければいけない 状況ではありましょうが、だれか、答えてもらえればうれしいです。

決して、無邪気な気持ちでこういう話題を取り上げているのではありません。この日記によって、誰も傷つくことがありませんように。

まず、朝鮮語について。

HNK教育テレビ/ラジオには、「ハングル語」講座があります。 ところが、ハングルとは書き言葉のことで、つまり「ひらがな講座」や「アルファベット講座」 のようなものなんだそうです。しかし番組内容は、ハングル文字の読み書きではなく、 会話が中心の講座なのです。

では、何の言葉なのか?
そこには、命名で揉めた経緯があったようです。

「韓国語」にしてしまうと、「北朝鮮」の方が無視されたことになる、「朝鮮語」にすると、 韓国や在日朝鮮人の方が怒る。「韓国・朝鮮語」にすると、どちらが先にくるかで揉める・・・ 「ハングル講座」は妥協案だったのだそうです。

http://kan-chan.stbbs.net/word/pc/chosen.html

僕は「韓国語」という言葉には、違和感があります。

国は違えど、民族も言葉もひとつ。韓国語が「北朝鮮」で通じないわけではありません。 「朝鮮語」とするのが正しいし、実際、大阪/東京外大などでは正しく「朝鮮語専攻」と なっています。

ドイツが東西に分離したからといって、東ドイツ語や西ドイツ語にならなかったように、朝鮮語は朝鮮語で、よいのではないでしょうか。

そして、「朝鮮人」について。

日本ではこの言葉は差別語としてタブー視されているように思います。 韓国、「北朝鮮」という国がある朝鮮半島に住む民族、それは、間違いなく「朝鮮人」です。 民族の名前を呼ぶだけで、タブー、差別語になってしまうなんて、そんな例を他には知りません。

タイ人、漢民族、ゲルマン人と言っただけで、差別になりますか? なりませんね。

これには、「戦時中、日本に強制連行された朝鮮人が、差別されたことに原因がある」 とする説がありますが、本当にそのような差別的な意味を込めて使っていたのでしょうか。

もしそうだったとしても、どんな言葉であれ、憎しみや蔑視をこめて使えば差別的に なります。「朝鮮人」という言葉のどこにも差別的な意味は見出せませんし、 言葉自体が悪いわけではまったくないと考えています。

国交がない北朝鮮のことは意識的にタブー視、または無視して、 「韓国語」「韓国人」はいいけど「朝鮮語」「朝鮮人」はダメ、ということはありませんか? そうであれば、そういう発想そのものが差別的なのではないでしょうか。

僕は、「北朝鮮」という言葉にも違和感を覚えています。 「朝鮮民主主義人民共和国」のどこにも「北」の文字はありません。

もし、朝鮮半島の北側、という意味で使うのであれば、韓国は「南朝鮮」と 言ってもいいはず。なのに、「南北朝鮮」と使う以外にあまり聞きません。

朝鮮= 朝光鮮麗、つまり朝の光の美しい地 という意味なのだそうです。 朝廷、南北朝、のように「朝」には王朝という意味もありますから、鮮やかな王朝と いうことにもなります。

僕は、朝鮮という言葉は美しいと思うし、使うことになんの問題もないと 考えているのですが、みなさんはどう思いましたか?

欲望なき世代
2009年4月19日 00:26
大阪では特に有名なタレント「やしきたかじん」が、日曜日の午後に読売テレビで
放送している「そこまで言って委員会」が面白くて、今年から見ています。

東京では放送していないのですが、その日のうちにyou tubeに動画が上がりますので、
関西以外の方にも見てほしいです。

殆どのテレビ局が左傾化している中で、中立的というか、保守的な立場です。
ネットでは「右翼番組」と書かれていることもありますが・・・。

特に、「南京大虐殺」について、田母神さんが出た「国防スペシャル」は必見。
いずれリンクを載せます。

いつも、メインテーマ2つと軽い話題を1つするのですが、今日の最後の話題は
「若者の○○離れ」。


確かに、お酒もたばこもしない、車も買わない、パチンコも競馬もしない、
海外旅行しない、結婚もしない、テレビも新聞も見ないという若者が
僕のまわりにも多いです。

あ、海外旅行と結婚以外は僕もそうだ ^^;

あまり努力しなくても、いちおう、満たされている。
それも理由のひとつでしょう。

仕事に生きがいを求めていたりするわけでもなく、アルバイトや
派遣社員をしながら、趣味や友達との世界に楽しみを見つけている。
こういう若者を「覇気がない」とか「夢がない」とか、責めるのはおかしい。

マスコミにしたら、車にもパチンコにもお金を使わなかったらスポンサーが
離れて苦しいのはわかる。

でも、こういう世の中を作ったのは、社会の実権を握っている50~60代の
世代に責任が大きい。

不景気になって、国際競争力が落ちたからと言って、自分たちの身は守りつつも、
いつでもクビにできるアルバイト、派遣労働を増やす。
その結果、低賃金労働の若者が増えて、結婚資金も貯められない・・・。
辛坊さんのコメントは、僕は正しいと思っていますよ。

だいたい、ローン組んで車を買ったり、お酒やたばこにお金をつぎ込んだり、
消費者金融に通ってまでパチンコしたりのどこがいいのでしょう。

それより、スキルアップのために自己投資するとか、事業資金をためるとかの
ほうがよっぽどいいです。海外旅行には行くべきだと僕も思います。

若者は、夢をもとう!
オジサンに惑わされずに、夢のためにお金を正しく使おう!

面白かった動画
2009年4月17日 18:16
三谷幸喜監督作品「マジック・アワー」を見ました。「笑いの大学」も大好きな作品でしたが、こちらも素晴らしかったです。喜劇王ですね、まさに。

舞台っぽい芝居もまた、良かったです。これ、このまま舞台でできますよね。

彼の作品では、西村雅彦小日向文世といった気の弱いオジサン俳優が、すごく良い雰囲気を出しているのも興味深いです。映画スターはカッコ良くなくていいんだ!と教えてくれたような気します。

さて、いろいろyou tubeでも面白い動画を見つけました。



↑ なんかいろいろ勘違いしたスーパーマリオ。




↑ "Where the hell is Matt ?" 「マットはどこにいやがる?」

世界中のネットで話題を呼んでいる動画。もともとはアメリカ人のマット君が、会社を辞めて世界各地を旅行し、各地ででたらめに踊っている様子を録画して、you tubeに掲載したものが、ものすごく反響を呼び、スポンサーがついて本作が作られました。

ただ、各地で踊っているだけなのに、あやうく涙を誘ってくれます。今回は14ヶ月かけて42カ国で撮影したそうです。日本の秋葉原でも踊っています!

地球って美しい、人類って素晴らしい・・・くだらないといえばくだらない動画ですが、甘美な気持ちになります。あなたはどう感じますか?

ストーリーはこちら。

音楽は手段
2009年4月14日 23:20
先週の土、日と、立て続けにコンサートを見てきました。どちらも、お互いによく知った演奏家のステージ。どんなコンサートかは改めて書くとして、とにかく、素晴らしかった。

最近考えていることは、プロの演奏家として、その舞台を見てお客様にどういう気持ちになって帰って頂きたいのか、どんなメッセージを伝えたいのかということ。

20代のころは、とにかく内容と演奏技術にだけ関心が向いた。見るのも演奏するのも、圧倒されるようなのが好きだった。そういう時期があっても、いいと思う。でも、そういう考え方が、ここ1年くらいで一気に変わった。

土曜日に見たコンサートでは、異国の文化や歴史、人々の暮らしへの憧れや敬意というメッセージを受け取った。日曜日に見たコンサートでは、日本音楽への挑戦、日本人としての感性を現代にどう生かすかというメッセージを受け取った。

演奏技術やレパートリーといったものは、それ自体が目的なのではない。ある曲がうまく演奏できるとか、すごいテクニックとか、そこで満足していては、それだけのコンサートになってしまう。もちろん、それは大事だし、プロである以上、一定の水準を保たねばならない。

しかし、もっと大きな意味でコンサートをとらえると、ステージでのトークや、お客様とのコミュニケーション、たち振る舞い、衣装、会場の雰囲気、といったトータルなものを通じて、お客様にどういう気持ちになってほしいか、なのだ。

そういう意味では、異なる音楽ジャンルどころか、文学、美術、演劇、映画、スポーツなどあらゆるものに通じる、ひとつの視点が得られる。まったく音楽に関係のないものから音楽的なインスピレーションを受ける、というのはこのことなのではないか。

僕は、今後、さまざまなジャンルの優れた作品に触れることで己を磨き、お客様に明確にメッセージが伝わるコンサートづくりをしていこうと強く思った。言葉ではあえて、書かない。

ぜひ、僕のソロ・コンサートにお越し頂き、感じとって頂ければ嬉しく思います。

憧れは連鎖する
2009年4月12日 23:57
昨日は、僕の学生時代からの恩師ともいうべき方のコンサートを聴きに行ってきました。僕は音大出ではなく、普通の大学を出たので、「音大生にとっての恩師」のような人、といえるのかもしれません。バリバリの現役プロです^^

僕は、大学1年生の頃、その方の演奏に触れて、まさに「背中に雷が走るような」ショックを受けてしまったんです。人生を変える出会いのひとつでし た。そして、その方に強烈にあこがれて、思想的にも演奏スタイル的にも影響を受けて、将来はその方のようなプロ奏者になりたいと強く願いました。

まさに、憧れの存在だったのです。その方のコンサートは丹波の田舎であろうと聴きに行き、打上げにも図々しく参加し、終電に間に合わず、車で京都まで送ってもらう、という迷惑なファンでもありました。

しかし、大学を出て本格的に演奏活動を開始したころ、その方のコピー・ロボットのような自分にほとほと嫌気が差しました。しかも、できの悪いコピーなのだから!その頃から、オリジナリティってなんだろう?自分は何がやりたいんだろう?と悩むようになりました。

そして、しばらくその方のコンサートを聴きに行くのはやめ、忙しく演奏活動をしていると、自然と距離ができていきました。

先日、その方から、久しぶりにソロ・コンサートを開くというので、聴きに行きました。

10年以上前と変わらないすばらしい演奏で、昔好きだった曲もたくさんあり、心から楽しむことができました。それは、純粋に音楽やパフォーマンス を楽しもうという心の余裕が僕にできた証でした。誰のものでもない独特の演奏や音色で、世界の一流演奏家を聴いた今でも尚、すばらしいと思いました。やっ ぱり10代の僕の目に間違いはなかった!と嬉しくなりました。

その方は、12歳の時に、外国の演奏家や音楽に憧れて楽器を始めたのだそうです。

そんな僕は、初めてその方に出会った時の、その方と同じ年になりました。

最近、僕に「hataoさんは私の憧れ、夢です!」とメールをくださった方がいました。メールを下さった方とはまだお会いしたことがないけれど、こういう気持ちを素直に伝えてくださったのは初めてで、嬉しくなりました。

12歳の時に抱いた憧れの気持ちは、僕がしっかりと受け取りました。

そして、僕の憧れの気持ちが、僕をここまで連れてきてくれた。

今、僕の憧れの気持ちを受け止めてくれる人がいる。

じんわりと、心が温かい。

食品の安全問題について
2009年4月10日 23:58
三笠フーズから事故米を混入されたとして、美少年酒造の社長が告発していました。
ところが、美少年酒造の社長は、三笠フーズから裏金をもらって、故意に事故米を納入させていたことが判明。社長は、三笠フーズが摘発された時は被害者づらしておきながら、自分に捜査が及ぶとなるとあっさりと認めたようです。騙されたのは消費者。こんなひどい話はないですよ。

いつもブログに書いていますが、お客様を舐めた会社やお店は潰れます。これは、商売をする人は肝に銘じておかねばなりません。僕はいつも戒めています。

先日、ファストフード・ネイションという映画を見ました。

以下、WIKIPEDIAより映画の紹介文を引用。

アナハイムに本社を持つハンバーガー・チェーン「ミッキーズ」。マーケティング担当のドンは社長に呼ばれ、大学が行った分析の結果、ハンバーガーのパテに大量の大腸菌 が含まれていたと打ち明けられる。ドンは調査を始めるが、そこには工場の衛生問題、店舗における店員の意識、さらには移民問題、環境問題など、様々な要因 が渦巻いていた。

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ノンフィクションの原作に基づいたフィクション。貧しいメキシコ難民が、アメリカで、ハンバーガーチェーンに食肉を卸している屠畜場で働くことになり、経験もないのに解体作業に従事、日常的に糞が食肉に混入する原因となる。ハンバーガー会社では、悪質な肉を人口香料と調味料で味を整え加工し、それを売る店舗では人件費の安い高校生のアルバイトが、衛生的に問題のある調理を行っている・・・。救いようのない話。

たくさんのハンバーガー会社があるが、どこも似たようなものなのではないか。マクドナルドの100円ハンバーガーで、どうして利益が出るのか不思議ではないですか?僕は1年に一回食べるか食べないかだけれど、もうとてハンバーガーは食べる気がしませんl。安くて、安全な食べ物なんて、消費者のわがままなんじゃないでしょうか。

食品の安全問題に興味のある方は、ぜひ見てみてください。

たまには人生を語る
2009年4月 7日 23:51
昨日、ご縁があってある方とお会いした。初対面にも関わらず、お互いにそんな気がせず、寡黙な?僕にしては珍しくあれこれを語り、数時間はあっという間に立ってしまった。
たくさんの刺激を頂き、よい時間だった。本当は一緒に練習をするつもりだったんだけど・・・。

音楽家にも本当にいろいろなタイプがいるが、自分は20代のうちから自分の使命とポジションを見つけることが出来て、本当に幸せだと、つくづく思った。

20代前半は、プロフェッショナルらしさ、才能、オリジナリティ、カリスマ性など、自分に足りないと思って本当にいろいろと悩まされた。他人と比べて嫉妬したり、誰かに仕事が来ては焦ったりした。そう、僕でもそんなことを思っていたんですよ。

あるとき、自分のことを深く掘り下げ考えた時、自分は自分以外の何者かになろうとしていたことに気がついた。そんなことが ばかばかしくなっちゃって、それから、楽になった。自分は自分らしく。好きなことや楽しいことを思う存分やっていたら、物事が好転し始めた。

オリジナリティって、苦しんでひねりだして、考えて、努力して作るものじゃない。それではいびつなものになってしまう。オリジナリティのことは忘れて、夢中で好きなことをやっていたら、オリジナルな存在になっていた、そういうものなんじゃないかな。

人間関係だってそう。昔は壊れてしまった人間関係をひきずって、後悔したり、修復しようとしたり、無理に合わせようとしていた。どこかで、誰からも好かれていたいって思っていたんだよね。過去と他人は変えられないって言うでしょう。そこにこだわり続けていても仕方ないから、今の自分にとって大切な人を大切にする。新しい出会いを大切にする。まだ、ちゃんと出来てないことも多いけど...すくなくともそう思うようになってから、楽しくなってきた。

過去の状況や自分や他人を受け入れるっていうのかな、自分と和解するとも言えるかもしれない。思い出すとネガティブな気持ちになるような出来事や人や自分の欠点も、感謝する。過去の失敗も、「気づき」のために必要だったんだと思う。そういう考え方が本当かどうかわからないけれど、少なくともそう思うことで、救われた。今でも苦手な人はいますよ、でも、嫌いな人や憎んでいる人は、いません。これは本当に、そう。

今は、圧倒的なアーティスト性やテクニック、カリスマのある音楽家が現れても、素直に尊敬し、応援することができる。それは、自分のことが前よりはわかってきたから。そして、自分の強みを生かしつつ、足りない部分は補って、なんとかやっているから。今は、大好きな人たちと大好きな音楽を出来ているんだから、本当に幸せだと思います。

そんな僕の理想は、感謝とか愛情とか希望とか、ポジティブな感情で満たされた世界に生きること・・・青臭い、ばかみたいと思う人はそれでもいいですよ。

なんだかまとまりがない内容になっちゃったけど、人との出会いって、こうやって自分の考えを再確認する機会になるので、素敵ですね。

新聞読んでます?
2009年3月31日 17:04
今日のテーマはこれ。「マスコミは斜陽産業?」

http://bizmakoto.jp/makoto/articles/0903/27/news004.html

最近、新聞やテレビが色々と危機的な状況にあるというニュースをしきりに見ます。うちは何年間も新聞は取っておらず、情報はネットとテレビが主です。新聞は取っても、読む暇がなく、ヘッドラインと番組表だけ読むならネットで間に合います。それに、大量にごみが出て、新聞の山がうず高く積まれるのは見るのもいやでした。

新聞では、いくつかの有力紙の夕刊が廃止に追い込まれ、今後さらに廃止になる新聞が多そうです。
http://moneyzine.jp/article/detail/131010

実際の購読部数よりも多く発行して、販売所に買わせる「押し紙」問題も表面化しました。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090329-00000000-sh_mon-bus_all

朝日新聞が100億円以上の赤字を出しました。
http://news.livedoor.com/article/detail/3910248/

新聞について思うことは、思想の傾いた編集方針で、事実を歪曲して伝えたり、思想の押し売りをすることが問題です。「聖教新聞」や「赤旗」など、特定の団体が発行している新聞ならそれでもいいでしょうが、一般紙でそれをやっては、読む人を限っているようなものです。少なくとも、僕は中立な立場の情報をまずは手に入れたいと思います。

最近、長年続いてきた老舗雑誌が廃刊になるケースも出ています。「新聞離れ」だけではなさそうです。

テレビもまた、スポンサーが減ってきているようです。「おもいっきりテレビ」のみのもんた氏の降板は、予算が減らされたためだと言ます。今後、大物タレントの番組がどんどん減らされて、局アナを使う番組が増えていくことでしょう。また、ドラマやバラエティよりも報道番組やドキュメンタリーが増えていくのではないでしょうか。

その時間にテレビの前にいなければならない(録画はともかく)テレビの在り方は、もうネットに置いて行かれていると思います。トレンディ・ドラマなど、今もちゃんと視聴率をとれているのでしょうか?

新聞やテレビのネットへの認識の甘さが指摘されています。
http://it.nikkei.co.jp/business/news/index.aspx?n=MMIT33000024032009&landing=Next

うちのVISTAのデスクトップには、リアルタイムで常時ニュースが配信されてきます。新聞が診察されて手元に届くよりもずっと早く。これを配信しているのが新聞社なので、皮肉な話です。今のメディアのありかた、ビジネスモデルは、数年と経たないうちに大きく転換するものと思います。その時に、どこが残り、どこが消えていくのでしょうか?

みなさんは、これまでのように、新聞を読み、ラジオを聴き、雑誌を買い、テレビを見ていますか?

↓ VISTAの画面

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彼岸明け、祖先に会う。
2009年3月24日 00:30
昨日書いたワンちゃん、無事飼い主さんと会うことができたようです!よかったですね。

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彼岸の明けである昨日、お墓参りに行ってきました。我が家は父母とも浄土真宗。「南無阿弥陀仏」の念仏を唱えることで、来世は浄土に行けるという教義です。

僕の実家には仏壇もなく、両親ともぜんぜん熱心な仏教徒ではありません。葬式やお墓参りを除いては、ほとんど生活の中に宗教が入る余地はなく、む しろ人並みにクリスマスを楽しみ、初詣にもいく、いいかげんなミックス宗教です。でも日本人の半分以上は、宗教的にこの程度の信仰心なのではないでしょう か。

尼崎には母方の祖父母のお墓があります。

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祖父は香川だったか徳島だったかの小島の生まれ、祖母は鹿児島の生まれで、ふたりとも尼崎には縁も親戚もなかったようです。いまは、祖父母の2人の子供(つまり母と、叔父)は尼崎を離れ、なぜか孫である僕と妻が、唯一尼崎にいる親族ということになります。

祖父(香川?)=祖母(鹿児島)
         |
        --・--
叔父(福岡) 母(札幌在住)--父(北海道出身)
                     |
                     僕(尼崎在住)

つまりこのようになります。

叔父も福岡からときどきお墓参りに来ているようですが、これからは僕がお彼岸やお盆のタイミングに気をつけながら、お墓参りをしていかねば・・・ と思いました。なにせ、今回は妻が「お墓参りにいかなきゃ」と指摘してくれて、いくことになったのですから。そんな妻の家庭は神道。もちろん、お彼岸もお 盆もなく、お経や焼香もありません。神道スタイルの結婚式があることはよく知られていますが、神道のお葬式や追悼(仏教で言う法事)のしかたって、知って いますか?僕は妻と結婚するまでは、神道にそういうものがあるとはまったく知りませんでした。

自分の宗教は何かと言われると仏教なわけですが、自分の宗派のことも、神道のことも、この年になって殆ど何も知らないっていうのは、ちょっと恥ず かしい。本でも読んでみようかと思っています。僕の年頃で、すでに子供が居る人は、宗教のことをどの程度子供に教えているんでしょうね。気になります。

そういえば、大学時代の社会人バンドの共演者は、とある新興宗教団体の熱心な信者でしたが、日本に潜在的な信者が2000万人いるとも言われてい るその宗教は、彼らを除いては信者だと表明している人に出会ったことがありません。やはり、日本はおおっぴらに政治や宗教の話はしづらい空気っていうのは あるんでしょうね。

先ほど書いた某宗教は、勧誘に熱心なことで有名ですが、その宗教も含めて、僕には友人・知人からの勧誘があったことはないですね~。僕がそういうものを寄せ付けないオーラを出しているっていうのもあるでしょう。

僕が、昨日「善行がどうの」と書いたので、何か宗教にはまったのかと思った方もいるかも知れませんが、僕は宗教や団体ではなくて、道徳など慣習的な倫理観を大事にしていきたいと思っています。いまは、禅宗、孔子などもちょっと興味があります。

聖パトリックによせて
2009年3月17日 16:11
聖パトリックの日、おめでとうございます!

聖パトリックの祝日は、アイルランドにキリスト教を広めた聖人聖パトリックの命日。3月17日。カトリックにおける祭日であり、アイルランド共和国の祝祭日。(Wikipediaより)

緑のものを身につけたり、仮装した人がメインストリートを練り歩くパレードの習慣は、アメリカで始まったようです。日本では、INJ(アイリッシュ・ネットワーク・ジャパン)が主体となり、主要大都市で10年ほど前からパレードをする習慣が広まったそうです。 INJは、「日本に在住し、働いているもしくは留学しているアイルランド人、彼らの日本人の友人達やアイルランドに親しみを持つ日本人で構成される非営利団体」です(ホームページより)。

http://www.inj.or.jp/

Wikipediaに載っていたこの写真は、シカゴとのことです。ちょっとやりすぎだと思いますが、住民からの抗議とか、なかったんでしょうか。中国ならまだしも、日本では考えられませんね。僕はもう、絶対反対です。

僕は、これまで演奏などで各地の催しに毎年のように参加していますが、パレードは参加したことがありません。

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僕は、これまで演奏などで各地の催しに毎年のように参加していますが、パレードは参加したことがありません。

ちょっと立ち止まって考えると、これはアイルランドのカトリック信者の宗教行事なんですよね。とはいっても、クリスマスやバレンタイン・デー、ハロウィーン、イースターも日本では定着していますから、なんら不思議ではないことです。あの芥川龍之介も、クリスマスをテーマにした小説を書いています。日本では、クリスマスは1900年から祝われるようになったそうです。

ちょっと斜めから見ると、日本に仏教が伝来した日や、花祭り(釈迦の誕生を祝う行事である。毎年4月8日)、お彼岸や、釈迦が入滅した旧暦2月15日にパレードをしたりはしません。まして、天皇誕生日や、昭和天皇崩御の日にパレードをしたら、絶対反対する人や国が出てきますよね。.

日本人の宗教観はもっと静かで、内面的なものである、ということもあるでしょうね。思えば、日本には生誕何周年をお祝する習慣はあっても、没後何年をお祝いすることってなかったのではないでしょうか?根拠はありませんが、そんな気がします。

yahoo 知恵袋を見ていて、こんな回答がありました。

「日本人の気質を考察してみると"無関心"という言葉がぴったりであると思います。宗教に無関心であり、政治に無関心であり、他人に無関心であり大切なのは自分と、仕事と、家庭だけ。」
確かに、そのとおりです。

まして、日本のことでさえお祝いしないのに、日本にゆかりのある外国の記念日にパレードをしたら、世の人はどう感じるでしょう。アメリカの独立記念日、フィリピンやブラジルの独立記念日、
北朝鮮の金日正の誕生日、朝鮮戦争終戦記念日、中国共産党の建国記念日などに表参道を歩けるでしょうか。絶対、反対する人がいることでしょう。

そう思うと、日本よりはるか遠く、歴史的にも関係の浅かったアイルランドだからこそ、パレードをしても何の問題にもならないように思えます。シエ ラレオネの宗教行事パレードや、アンティグア・バーブーダの宗教行事パレードをしていても、僕は何のイメージも湧きませんから・・・。

外国のお祭りが日本に入る時、必ず何らかの商業主義や政治的意図がからんでいるものです。それ自体をどうこういうわけではありませんし、自分自身 も積極的にこういう機会を利用しているのですが、外国を愛することと同じくらい、いや、それ以上に日本を愛していきたいと思っています。

こんなことを書いて、盛り上がっている気分に水を差すと、嫌われてしまうので、この程度に。
とにかく、おめでとうございます!!!

台湾の歴史
2009年3月 2日 22:24
タウさんに出会ってから、台湾の存在が僕の中で大きくなってきました。台湾は、国なのでしょうか?残念ながら、日本は国だとは認めていません。

みなさん、台湾が50年にもわたって日本だったことを、知っていましたか?恥ずかしいことに、僕は初めて知りました。台湾が日本になった年に生まれた台湾人は、50歳になるまで日本人として人生を生きてきたのです。それが、どんな意味を持つか、想像できますか?

司馬遼太郎の「街道をゆく 台湾編」を読んでいます。

よくまとまった動画があったので、張りますね。「あいのり」かな?



台湾人に愛される日本の遺産。



ついでに、中国は尖閣諸島だけではなく台湾、沖縄も中国の領土だと主張しているのです。



この辺にしておきます・・・。

アイデンティティと郷土愛
2009年2月27日 10:40
昨日、青森の笛師、佐藤ぶん太さんとお会いした。

mixiの笛コミュでやりとりをしたのがきっかけで、来る6月に僕を青森に招きコンサートを企画してくださることになった。普段は秋田のねぶた村の職員をしながら、ねぶた囃子を演奏して、ジャンルを超えた活動を展開していらっしゃる。

昨日初めてお目にかかったのだが、想像していたとおりの、爽やかで聡明なスポーツマンのような方だった!僕も何曲か共演させていただく段取りだったのだが、楽屋では、リハーサルもそこそこに、お互いに珍しい楽器や奏法を披露しあい、笛の話題で盛り上がった。

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ぶん太さんは津軽で「横笛普及プロジェクト」を立ち上げ、津軽の笛の普及活動にいそしんでおられる。

ぶん太。さんのブログ
http://blog.livedoor.jp/yokohuehukyuu/archives/51160909.html

こちらからは僕の教本とティン・ホイッスル、僕のCDををプレゼントし、ぶんたさんからは、郷土を紹介するDVDなどに加えて、なんと津軽漆塗の「登山囃子笛」を頂いてしまった。アイリッシュ的な表現ではEb管となるこの笛。日本の篠笛に、こんなに長い笛があったのかと驚いた。

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美しい漆塗り!ぶん太さんは、桜の模様の笛など、さまざまな模様の綺麗な笛をたくさんおもちだった。漆といえば黒と赤だとばかり思っていたので、その美しさに感動してしまった。

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今日のライブのために来て下さった篠笛吹きの 森みわこ さんによると、漆の笛はものすごく高価とのこと・・・そんな貴重なものを頂いてしまい、身に余る光栄であると同時に、どのようにしてこれを生かしていけばよいのか、責任も感じる。

8時に開演。平日で、しかもアイリッシュ・パブでの邦楽演奏であるにも関わらず、立ち見が出るほどの盛況ぶり。演奏は、すばらしかった!一緒に来られた三味線の山田さん、佐藤さんも超絶の三味線でお客さんを引き込んだ。東北人の逞しさ、力強さよ!

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ぶん太さんの音楽には、強烈な郷土愛と、青森県民としてのアイデンティティを感じた。自然体なのだ。これと同じことを、先日イギリスで地元のコンサートを見た時にも感じた。自分の地域の音楽を演奏している彼らには、妙な気負いがなく、当然のこととして伝統音楽を演奏している。演奏に無理がなく、したがって、聴いていても違和感がない。

「これが自分の地域の音楽です」、と胸を張って言えることは、ものすごい強みだ。心底うらやましい。演奏の動画がアイルランド人に絶賛されたり、海外の ワークショップでは、習いに行ったつもりが、自分が教えている、なんていうこともあるのに、僕にとってケルトの音楽は自分の音楽ではなく、憧れと興味の対 象の域を出ない。

僕は、道産子の父に嫁いだ兵庫県民の母との間に、「移民の新天地」北海道に生まれた。北海道は日本の一部だが、ヨーロッパにとってのアメリカ大陸やオーストラリアのようなもの。家柄に本州との深い接点もなく、郷土文化にほとんど親しまないまま関西に移り住んだ。

そこで、日本とはかけ離れたケルトの音楽と出会い、10年がたった。京都の女性をお嫁に頂き、友達や生徒さんも沢山できて、関西に受け入れられたと肌身で感じているけれど、未だに、心の深いところでは自分は異邦人だという感情をぬぐうことができない。僕は根なし草だ・・・。

北海道のルーツ、また地理的要因としては東北のほうが関西よりも身近に感じるけれど、それは生き別れて成人した兄弟のように、海外移住した日系3世のように、今では違うものとなってしまった。

東北人のように気高い誇り、強烈な郷土愛は、僕が旅をしたところでは、南紀熊野、島根の石見、大分の湯布院、熊本、沖縄の石垣島でも感じた。それらの土地に行くことは、僕にとって聖地巡礼でもある。

僕は彼らほどの郷土愛を尼崎に対して持っていない・・・。郷土愛を感じるのに、雄大な自然、歴史、言葉や習慣を始めとした固有の文化は不可欠だと思う。それが、アイデンティティに結びついている。僕と、僕の住む尼崎にはそれが感じられない。

自分とは違う文化、アイデンティティを持つぶん太さんは、僕の目には同じ言葉を話し同じ顔つきをした外国人のように映った。さあ、僕のアイデンティティは何だ?

日本は奥深い!

僕は、たくさん旅をし、やがて一番好きな土地に根を下ろし、「これが僕の音楽です」と胸を張って言えるものを作り上げよう!アイデンティティを見つけるのだ。

30億円を稼ぐ男の話
2009年2月24日 10:45
朝、テレビをつけていたら、投資で資産30億円を稼いだ男、というネタを放送していた。ネットではすでに何年も前から有名なので、ここでは紹介しないことにします。

僕と同じくらいの年で、しかも、資産を築いた今の夢はロック・ミュージシャンになること、とのことで、さらに興味がわいた。彼が純粋に投資ビジネスだけで資産を築いたかどうかについてはいろいろな疑問が呈されているようだけど、どんな方法で稼いだとしても、30億円というのはすごい。

人は、第一に生活のために仕事をする。つまり「生きる=お金を稼がねばならない=仕事をする」。これは人の、社会の前提なのだ。多くのフリーターも派遣社員が、仕事がない=生活ができない、ので困っている。仕事をしなければ生きていけないのは、経済、スポーツ、文化人など各界のトップの人でもそうだ。人生すなわち仕事なのだ。

でも、30億円あれば、「一生遊んで」暮せてしまう。仕事をする必要から解放されたとき、人はどうなるんだろう?

人は、仕事=自分だと思っている部分が、大いにある。人は、ほかの人のことを知ろうとするとき、「その方は何をしていますか?」と尋ねる。英語でも"What does he do?"は、すなわち職業を尋ねる質問だ。
「学校の先生です」「自動車メーカーで働いています」などという答えが期待される。僕なら「笛を吹いて、教えて暮らしています」。リストラされた男性が、再就職の面接で同様の質問をされ、「部長です」と答えた、なんて笑い話もあるけど・・・。

仕事を通じて、人は生活の資金を得て、社会とのつながりを得て、社会に貢献しているという自己肯定感を得る。競争と改善の中で、自分を高めて、充実感を得る。

偉大な演奏家、作曲家、スポーツ選手、芸術家なども、仕事の中で己を磨き、すぐれた才能を開花させた。お金持ちのぼっちゃんで、苦労もせずに芸術家になった人など、あまり聞いたことがない。経営者や政治家になるのは向いているのかもしれない。

ともかく、仕事は自己の大半を占めているので、仕事をしないでいると、自分がわからなくなってしまいそうだ。

僕がもし投資で30億円もの資産を持つに至ったら...。やっぱり、今の仕事を続けるだろう。生徒さんや教えることが好きだ。人前で音楽を演奏するのが好きだ。音楽のことを調べたり、素敵な曲を見つけるのが好きだ。田舎に引っ越して、ちょっと広い家で、観光牧場でも経営しながら(←ここ妄想です)、資産をすこしずつ、社会をよくするために役立てたいと思う。

さて話は戻るけれど、投資家として有名になってしまった彼の音楽を、素直な心で聴けるほどの、頭の柔軟な人が世の中にどれほどいるのか、興味がある。

レッスンの辞め方
2009年2月16日 07:39
うちにアイリッシュを習いにいらっしゃっているフルート講師の方と、お話をしていた時の話題です。

2,3月という時期は、生徒さんが進学、就職、転勤などが決まり、身の回りの環境が変わっていく季節。レッスンが継続できなくなって、やめてしまう生徒さんも多いのだそう。そういえば、私の教室でも何人か、退会の申し出がありました。

生徒さんが辞める場合に、講師として辛いケースとは、どんなものでしょうか。

それは、生徒さんが教室を辞めることそのものではなく、生徒さんが音楽を嫌いになってしまうこと。もちろん生徒さんがそれをはっきりと言うことはありませんが、うちの教室に来る方で、「以前クラシックを習っていたが、レッスンが苦痛で、音楽が嫌いになった。アイリッシュなら楽しくできそう」と告白する方も時々いらっしゃいます。私は、「いったい、どんなレッスンだったのだろう...?(怖)」と思ってしまいます。

環境の変化でレッスンが継続できないのは仕方のないこと。でも、音楽を嫌いになられてしまうと、それは講師の責任によるところが大きいというわけです。これを知った時には講師自身も相当へこみます......。

辞める時に、ものすごく思い悩む方もいます。特に、中高生に多いそうですが、何か月も辞めたい、辞めたいと思いつつ、言いだす勇気がなくて、何かのきっかけにそれが爆発し、「もうずっと昔から思っていたんですが、実は・・・」と言われるケース。これも講師は辛い、とおっしゃっていました。「早く言ってくれればいいのに・・・」ですね。うちには中高生はいないので、私は未経験です。

その点で大人は賢いと思います。「中断」という言葉を使って、「忙しいので、また余裕ができたら再開します」と言えば、波風が立ちませんからね。ほとんどの場合これは建前で、再開することはないのですが、もしろん、再開できたら講師としては嬉しいですね。

辞意を伝える時にメールを使われるのも、講師としてはへこみます。講師はレッスン計画を立てて進めているのですが、メールって一方的ですから、それを突然ないがしろにされてしまう感じがします。それに、レッスン中に伝えてくれればいいのに...とも感じますね。
言いづらいことはメールで済ませよう、というのは今の風潮かもしれません。講師としてもメールを使わなければならない場合もありますが、功罪あるのではないでしょうか。

講師にとって、生徒さんにはそれぞれ愛着があります。突然の退会は、いきなり一方的に人間関係を断たれたような寂しさがあるものです。講師も人間ですから・・・。

一番スマートな辞め方は、2、3ヶ月余裕を見て、「これから(理由:ほかの習い事、育児、仕事など)に専念していきたいので、3ヶ月先をめどに退会したいのです」と伝えること。そうすると、講師にも心の準備ができますし、退会に向けたレッスン計画が立てられます。

いろいろと書きましたが、講師はどんな時も生徒さんの味方です。生徒さんの役に立ち、音楽をもっと好きになってもらいたい!と思っています。少なくとも私は。

春になると、また新規入会の方が増えてきます。楽しく、ためになるレッスンができるよう、頑張りますよ!

レッスンの辞め方
2009年2月15日 06:54
うちにアイリッシュを習いにいらっしゃっているフルート講師の方と、お話をしていた時の話題です。

2,3月という時期は、生徒さんが進学、就職、転勤などが決まり、身の回りの環境が変わっていく季節。レッスンが継続できなくなって、やめてしまう生徒さんも多いのだそう。そういえば、私の教室でも何人か、退会の申し出がありました。

生徒さんが辞める場合に、講師として辛いケースとは、どんなものでしょうか。

それは、生徒さんが教室を辞めることそのものではなく、生徒さんが音楽を嫌いになってしまうこと。もちろん生徒さんがそれをはっきりと言うことはありませんが、うちの教室に来る方で、「以前クラシックを習っていたが、レッスンが苦痛で、音楽が嫌いになった。アイリッシュなら楽しくできそう」と告白する方も時々いらっしゃいます。私は、「いったい、どんなレッスンだったのだろう...?(怖)」と思ってしまいます。

環境の変化でレッスンが継続できないのは仕方のないこと。でも、音楽を嫌いになられてしまうと、それは講師の責任によるところが大きいというわけです。これを知った時には講師自身も相当へこみます......。

辞める時に、ものすごく思い悩む方もいます。特に、中高生に多いそうですが、何か月も辞めたい、辞めたいと思いつつ、言いだす勇気がなくて、何かのきっかけにそれが爆発し、「もうずっと昔から思っていたんですが、実は・・・」と言われるケース。これも講師は辛い、とおっしゃっていました。「早く言ってくれればいいのに・・・」ですね。うちには中高生はいないので、私は未経験です。

その点で大人は賢いと思います。「中断」という言葉を使って、「忙しいので、また余裕ができたら再開します」と言えば、波風が立