愛媛の旅で出会った、味わい深い人たち。
尺八のウベ・ワルターさんは、ドイツ生まれ。
ドイツ時代はジプシーとともに生活したり、サーカスでパフォーマンスをしていた。
しかし、形だけではない本物の精神性のある芸術がしたかった。
尺八の音色を耳にして、来日。惚れ込んだ師匠に京都まで会いに来て入門を請うたが、断られた。他に習いたい先生は一人もいなかった。日本に来る時に、ドイツのすべてを処分して、片道切符で来たので、お金もない。
ある時、どうしてもビールが飲みたくなり、安居酒屋に入った。
ドイツでは靴の形をしたビアグラスでビールを回し飲みする習慣がある。だから、これに注いでくれ、
と言い、履いていた革靴を店主に差し出した。店主は激怒して、彼を追い払おうとした。
しかし、そこにいた客が面白がり、俺がおごるから靴で飲め、と言いだした。そこにいた演劇家と意気投合し、日本でのヒッピーの生活が始まる...。
型にはまらず、自由で、感性のままに生きてきた彼の話が面白くて、車の中でずっと話を聞いていた。
もちろん、そんな彼だから、音楽で決めごとをしてその通り演奏したり、譜面を読んだり
人に合わせるのは難しい。
ちゃんと決めてちゃんとやる日本人との音楽の常識で考えると驚くことも多い。
ライブでは予想外のハプニングも多くてドキドキさせられるけれど、お客さんはそんな彼の音楽を理解して満足そうだった。彼の音楽は、心の底からありのままの姿で発せられている。
愛媛ツアー中、インドで「アンマ(母)」と呼ばれる聖人とともに11年暮らして、彼女のサポートをボランティアでしている男性と出会った。彼はアンマの来日に同行するため帰国していた。アンマに出会うまで、バックパッカーをして世界中を何年も旅をしていたそうだ。ギリシアで何年かバーテンをしたこともある。
アンマは宗教家ではなく、抱きしめることで人を癒す活動をしている女性。彼女のもとに、2000人もの人が世界から集まり、共同生活をしている。菜食で、インドではお金とは無縁の暮らしを営む。
「執着するから苦しみが生まれ、人に期待をするから失望するんです」彼は言う。
「今の暮らしに迷いはありません。初めて、無私の精神で執着なく幸せそうに生きている人に出会い、この人に着いて行けば絶対間違いないと思いました」。
同じく松山で、自然農法で世界に知られた故・福岡正信さんの遺志を継ぐお孫さんの農場に連れて行ってもらった。無農薬、管理しない農法を開発し、驚愕の収穫量を上げ、世界の緑化、食糧難解決の道を開いた。ところが、余りに突き抜けていて地元では変人扱いされていた。
「自然が全て教えてくれるのだから、科学など必要ないのではないか。」
終戦後に引き揚げてきた福岡さんは山に畑を開き、実験を重ねた。
一番有名なのは「種子団子」で、色んな種をまぜこぜにして団子にし、畑に投げると、その土地に最適の作物が発芽するというもの。農薬を否定したため農協や地元農家に煙たがられたが、世界中から彼の農法を学びに、多くの若者が住み込みで働いた。

(福岡さんが漁師たちと建てた山の講演会場)
お孫さんは、お爺さんとは別のやり方で自分の農業をされている。
「おじいさんは農家というよりは哲学者でした。方法を継ぐことはできても、哲学を継ぐことはできません。」

自分の枠組みを越える世界観、生き方の人と出会うことで、どんどん思考が解放されてゆく。
たから、旅が好きだ。人と出会い、話しを聞くのが好きだ。