名古屋のセント・パトリックス・デイのイベントに演奏でお招きいただき演奏したのが6日。コンサートに、、名古屋・栄のコンサート・ホール「宗次ホール」の支配人がいらっしゃっていた。日本最大手のカレー飲食チェーンであるCoCo壱番屋の創業者・宗次徳二さんが、52歳で引退した後に、社会に還元する活動として創設した自宅兼ホールで僕のコンサートを企画したいと、見に来て下さったのだ。
日帰りするつもりだった僕は、その日は泊まることにして、翌朝一番に宗次ホールに伺い、打ち合わせをさせて頂いた。宗次さんには残念ながらお目にかかることはできなかったけれど、宗次さんについては非常に面白い話をたくさん伺えた。その場でご著書である『日本一の変人経営者』を買わせて頂き、あまりに波乱万丈・奇想天外な人生に引き込まれ、帰りの電車で読了。電車が尼崎に着くより早く、「この人にお会いする」と決断した。
宗次さんは、繁盛する店づくりの秘訣として、掃除をあげていた。早起きして店舗の周りを掃除する活動を、創業時から守ってこられた。引退した現在もホールの周辺を毎朝7時から掃除しているという。宗次さんを見習って僕も7時の清掃活動に参加しよう。帰宅後すぐに支配人に連絡し、お礼を伝えるもそこそこに、伺いたい旨をお伝えし、調整をお願いした。
15日、月曜日。4時に起床し、妻と、6時に出る朝一番の新幹線に乗って名古屋へ向かった。
7時には栄に到着。すぐに、ごみ袋を持って路上でゴミ拾いをしているホール支配人にお会いできた。火箸とゴミ袋をお借りして300メートルくらいの通りに落ちているゴミを火箸で拾い上げ、掃き掃除をする。一番多いのは落ち葉と食べ物の包み紙や空き缶だ。ここは路上禁煙区域で、違反者には罰金が課せられるのにも関わらず、タバコの吸い殻がなんと多いことか。宗次さんが、こちらへ近づいてきて、自らご挨拶下さった。こちらは緊張していたのだが、なんと気さくな方だろう...と思った。
宗次さんは、ホールを建設した当時は草だらけで殺風景だったこの大通りの中央分離帯に一つ一つ花を植えられてきたそうだ。今日も、主に車がびゅんびゅん行きかう中央分離帯で草むしりをしている。支配人が後で教えてくれた。「このあたりは歓楽街で、環境が悪いんですよ。最近はだいぶ綺麗にはなってきたんです」。夏には花の水やりをバケツで4時間もかけてしていたそうだが、嘆願書を書き、市の水道局からスプリンクラーを設置してもらってからは、花の世話はだいぶ楽になったそうだ。

拾っても拾っても、キリがない。ゴミを拾い上げながら、宗次さんがどうして、このような終わりのない奉仕活動を欠かさずしているのだろうかと考えていた。
宗次さんが時々近づいて、話しかけて下さる。時には、電柱などの拭き掃除をして、床のタイルをタワシでこすることまでするのだそうだ。

3人で写真撮影。その後、朝食を摂り、ホールでご面談の時間を頂いた。
とにかくユーモアあるパワフルな方だった。朝の早起きは絶対に譲れないと仰り、4時0分台に刻印されているタイムカードを見せて下さった。早寝早起きではだめで、夜中まで仕事をして早起きなのだからすごい。色々なお話しを聞かせてくださり、僕も人生の使命や、店舗を持つ計画、ケルト音楽の事や楽器のことなどを熱く語らせて頂いた。
宗次さんはクラシックを心底愛していらっしゃる。高校生の頃にラジオで聞いて以来、クラシック音楽のとりことなったのだが、創業後は仕事に没頭し、集中するために大好きなクラシック音楽の鑑賞まで絶ちきった。引退後、自分の愛するクラシック音楽で社会に奉仕をしようと、このホールの建設をなさったのだ。だから、上演する内容は当然、貸しホール事業であっても、クラシック音楽以外はこのホールでは響かせてはいけない、と決めている。先日、コンサートで日本の歌謡曲を演奏されたことがあったらしく、余りにも悲しかったと、その時のプログラムをずっと机に貼り付けていた。そのくらい徹底している。
お酒もタバコもしない、ゴルフなどのスポーツもしない。経営一筋に生きてきた。現在は、経営という視点で音楽ホールの運営を行い、クラシック音楽離れが進む中で好調に客足を伸ばしているそうだ。
僕の出店計画をお話ししたとき、即座に「それは難しいと思いますよ」と仰った。店舗経営のスペシャリストが言うのだから、やはりそうなのか・・・と僕は表情を曇らせたと思う。続いて仰ったことが余りに素晴らしかった。「大変だからこそ、苦労して、成長するのです。最初から軌道に乗ったら、学ぶことは何もありませんからね。頑張ってくださいね。」
地の利さえ良ければ成功すると言われる飲食店業界で、ココイチはあえて僻地や閑散とした土地を選んで出店した。そこでお客様になんとか来て頂けるように策を尽くし、精神が鍛えられることで、売上はV字回復をする。ココイチと同じように苦労しながら学び、成功して下さいと応援をされた思いがした。
ご本にサインを頂いた。

宗次さんが、朝の貴重な1時間を使って清掃活動を何十年も続けてこられたことが僕には不思議だった。経営者であれば、その1時間を使って勉強したり経営に使えばもっと繁盛すると考えるのが当然だろう。しかし、お会いして良く理解できた。普通の人がしないようなことを、しかも良いことを筋を通して続ける方だから、大成功が出来たのだと。そして、経営とは人に尽くす社会活動であり、奉仕と原点は同じなのではないかと思い至った。
30分の予定だった面談は、60分を軽く超えた。あっという間の時間だった。「近づくと、加齢臭(カレー臭)がしますよ」と必殺のギャグを仰って、僕は心底笑ってしまった。
宗次さんに丁寧に玄関までお見送り頂いて、再会を約束してお別れした。一流の人ほど自然体で、威圧感が無い。これは僕が多くの一流の方に出会って確信した持論だ。二流以下の人は、ストレスと競争にさらされて自分を大きく見せないと潰されてしまうのではないかと恐れている。だから人を圧倒する。一流の人は、すでに大きいから、大きく見せる必要もない。でも、こういう人は一流になる前から、喫茶店を1店経営していた時代(たった30数年前!)からずっとそうだったんだと思う。
ボランティアと募金のことで、読んだことがある。普通の人は、暮らしに余裕ができたら奉仕や寄付をしようと考える。しかし、そういう人はたとえお金持ちになっても寄付をすることはないし、そういう人がお金持ちになることも無い。お金持ちになる人は、貧しい時も奉仕や寄付を続けてきた。ようは、生き方であり、姿勢なのだが、その違いが大きな差を生むのだと。
帰り道、さっき清掃したばかりの道路に吸い殻が落ちているのを見て、悲しくなったが、この差が苦労しながら成長する宗次さんと、苦労のままで人生を終える人との圧倒的な違いを生むのだと悟った。
実は、この話しには後日談がある。宗次さんはメールもパソコンもなさらない。僕は帰宅後すぐに支配人に電話とメールでお礼をしたのだが、宗次さんには手書きで思いをお伝えしようと思っていた。しかし、演奏やレッスンが詰まっており、手紙を書くまとまった時間が取れず、出せないままでいた。ところが、あちらから即座にお礼状が届いて、腰を抜かしそうになった。僕は慌てふためいて、手紙を読んだ16:30から必死にペンを走らせ、3枚のお礼状を書きあげその日の集荷に滑り込みで郵便を出した。本当に恥ずかしい思いだった。そして、そのことを正直に手紙に書いた。確かに僕は忙しかった。でも30分の時間もなかったのかといえば、決してそんなことはなかった。
この違いなのだと叱られた気がした。「誰もが正しいと思う当たり前のことを、ちゃんとやる」。宗次さんからの学びの極意は、それに尽きると思う。もちろん、これからも学ぶことは山ほどあるのだが、まずこれが出来なくては話にならない。小手先の技術や見せかけで世渡りができると思ってはダメである。そこに真摯な思いと情熱、地道さが無くてはならない。僕は本当に未熟者である。
貴重な人生の時間を分けて教えて頂いた偉大な経営者・宗次さんには心から感謝するとともに、出会いに今日も感謝します。