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2009年7月
すごい本に出会いました!
2009年7月31日 10:15
先日の教室の前に、たまたま寄った書店で、直感で4冊の本を選びました。

・鶴岡秀子 「夢の設計図の描き方」
・神田昌典「非常識に儲ける人々が実践する 成功ノート」
・松下幸之助「哲学」
・神田昌典 「成功者の告白」

早速読み始めたのは 「成功者の告白」でした。



神田さんの本は初めて手に取りましたが、ブックレビューを読んだことがあり、興味があった著者の一人でした。僕の好きな作家「本田健」さんと同様、経営コンサルタントをしていて、何人もの経営者を見てきた中で、成功・失敗する経営者のパターンをつかんだそうです。

プロフィール

http://ja.wikipedia.org/wiki/神田昌典

こちらで本書の序文が読めます。
http://www.kandamasanori.com/bookmaegaki/book001.html

本のエッセンスは、このようなものです。

事業の成功には光の部分と影の部分がある。特に、急速な成長を遂げた企業では、そのバランスを取るかのように経営者の家族の病気や事故、家庭の崩壊、腹心の部下の裏切り、社内での病欠や離職者が増えるなどの現象が起こる。経営理論では語られないことだが、会社と家庭は密接に結びついている。そのパターンを知ることで、自分の状態を客観的に見つめ、トラブルを予防し、経営を軌道に乗せることができる。

本書は小説じたてで、ある青年起業家の成長と挫折を描きながら、一般的に起こりがちな罠を紹介していきます。また、ところどころ、PR戦略、マネジメント、業務システムなどのノウハウも盛り込んであります。

主人公の青島タクになった気分で、すごく引きこまれて、共感したりハラハラしたりしながら、1日であっというまに読んでしまいました。本当に、素晴らしい名著と出会えたものです。こういう出会いがあるとき、人生の喜びを感じます。

自分でビジネスをしている人には、心から推薦したい本です!何度も読みたいと思います。








最高の人生の見つけ方
2009年7月30日 09:47
良い映画に出会いました。

モーガン・フリーマン、ジャック・ニコルソン主演の映画『最高の人生の見つけ方』。



どんな映画かは、公式サイトの予告編ムービーをご覧ください。

http://wwws.warnerbros.co.jp/bucketlist/

余命6か月と診断された大富豪と、自動車整備工。同じ病室で死の宣告を受けた二人の老人は、人生でやりたかったこと、やり残したことを書きだし、実現する旅に出る。

ここでも、偶然に見せかけた「必然の出会い」があります。人生は、いつでも、素敵なプレゼントを用意してくれるのですね。

映画からは、「人生を悔いなく生きよう」、「何歳になっても挑戦し続けよう」という、素晴らしくポジティブなメッセージが感じられました。また、お金をどれほど稼いでも人生の問題は解決しないこと、愛する人がいて、人から愛されることこそが幸福であるとも教えられます。

僕は、この人生で何を実現しようか?どんどん考えが広がりそうです。エネルギーが湧き上がってきました。とてもお勧めの映画です。

海ゆかば
2009年7月29日 15:00
僕の生徒さんが勤める大阪のデイケアセンターで演奏してきました。

ことしから、ボランティアを月1回くらいのペースで、積極的にしていこうと思っています。そう思えるようになった理由は2つ。

普段、演奏やレッスンのお仕事をさせて頂いて生活が出来るのは社会が豊かで平和なおかげ。
今後も豊かで平和な社会であり続けられるように、音楽家としての自分が出来る
社会貢献をしようと思ったこと。

もうひとつは、演奏に足を運んでくださるお客様は、社会の中でもごく一部だということ。
普段、演奏を見に行くことがない方には、自分から積極的に足を運んで、聴いて
頂く機会を持つことで、社会のいろいろな層に接して、人生経験を積むため。

ボランティアなので、収入を得ることが目的ではありませんから、共演者に
出演料を支払うことができません。ですので、今日は初めて一人でボランティア。

30分の演奏時間でしたが、生演奏を聴きなれない方が多いと思い、
お話を交えながら、1曲ずつの演奏時間は短めにしました。

以下がプログラムです。

1・赤とんぼ
2・川の流れのように カラオケあり
3.竹田の子守唄
4・庭の千草    カラオケあり
5・ダニーボーイ  カラオケあり
6・さとうきび畑   カラオケあり
7・海ゆかば
8・Salley Garden  ※生徒さんとの共演、僕はキーボード
9・利用者と合唱 (ふるさと、 蛍の光)

カラオケは、手に入ったものはそれを使い、入らないものは自分でピアノを弾いたものを
録音して作りました。カラオケで演奏するのは初めてですが、いい感じでしたよ。

あっという間の30分間でした。
皆さん、とても喜んでくださっていました。

今日は、終戦記念日も間近ということで、戦争にまつわる曲を2曲。
「さとうきび畑」は「ざわわ、ざわわ・・・」という沖縄戦を歌ったもの。
「海ゆかば」は、戦時中に軍歌として翼賛的に歌われました。


大伴家持作詞・信時潔作曲/昭和12年

海行(ゆ)かば
水漬(みづ)くかばね
山行かば
草むすかばね
大君の
辺(へ)にこそ死なめ
かえりみはせじ


僕は、この曲をスピルバーグ監督の映画「太陽の帝国」で初めて知り、
この曲が歌われた出征のシーンで、先祖たちの勇気に感謝の涙が溢れました。

「海ゆかば」の歌詞は大伴家持が8世紀に書いたものですが、戦況が悪化すると、
ラジオで玉砕を伝える際に必ずこの曲が流れたのだそうです。

悲しいことを思い出させてはいけないと、いっときは演奏することをためらいました。
しかし、今日の平和と繁栄があるのは、目の前のご老人が若かりし日に一生懸命
国を守って下さったから。敬意と平和への祈りを込めて演奏しました。

くちずさんで下さる方もいて、嬉しかったです。

その後、皆さんと一緒に給食を頂いたのですが、89歳の利用者のおばあ様が、
一人暮らしで、韓流ドラマにはまって、自分でDVDを録画して163話も見ている、と
お話されていたのにびっくり。毎朝、娘さんと携帯電話でドラマについて話を
しているんだそうです。

思っていたよりもずっと、元気に、幸せそうに暮らしている方が多くて、
とてもうれしく思いました。

ビバ長寿!


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清姫伝説
2009年7月28日 03:54
熊野で頂いたプレゼントの切り絵について、作者の方からその由来を聞かせて頂きました。

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このモデルは女性で、熊野に伝わる「清姫伝説」を元に作ったそうです。清姫伝説については歌舞伎の題材にもなっており、あらすじはWikipediaで読むことができました。

ざっとご紹介すると、熊野を訪れた僧侶・安珍を、13歳の少女清姫が誘惑するのですが、安珍はのらりくらりと嘘をつきながら、誘惑をかわします。しかし、嘘だと知った清姫は入水自殺を図り、白蛇に化けて、寺に逃げ込んだ安珍を、鐘の中に閉じ込め、鐘ごと焼き殺してしまうのです。



このお話の結末は、法華経の素晴らしさを称えるものだそうですが、教訓として何を得るべきなのか...
少女を傷つけまいと嘘をついた安珍の自業自得?
仏道を邪魔しようとする妖怪の恐ろしさ?
清姫は神に仕える神子だったそうで、笛を吹いていたかどうかは想像に委ねるしかないのですが、熊野のミステリーとして、興味深いエピソードでした。

尚、このエピソードを元に、日本のヘビィメタルバンド「陰陽座」が「道成寺蛇ノ獄」という曲を発表しており、こちらの動画の6'35"くらいから聴くことができます。



豊かになる誓い
2009年7月27日 00:13
最近読んだ本。

アメリカのお金カウンセラーの著書を、同じく日本のお金カウンセラーの本田建さんが翻訳した本です。



アマゾンのレビューを読んで頂くと、だいたいどんな本かがわかると思いますので詳細は書きませんが、身近な人にはぜひ読んで、豊になってほしいと思う本です。宗教とか精神世界は全然関係ないですし、難しい専門用語や勉強的な雰囲気もありませんので、だまされたと思って読んでみてください。たった数百円で、こんな素晴らしい知恵を授かれるなんて、ありがたい・・・。

読んだ中では、人は、エアコンの自動温度調節機能のように、自分が設定した金額でしか生活することができない、というフレーズにはピン!ときました。思えば、1回で100万円や1000万円を手にするような仕事をしたことは、まだありません。それが現実に起きることだと、自分で心から信じられないうちは、いつまでたっても数万円の仕事をしていくことになるのです。

また、中流の人は安定を求め、大金持ちになる人はリスクを取る、というフレーズにも納得。就職活動をしていたころは、ちょっとでも条件の良い会社を・・・と求人票を見比べたりしていたのですが、「会社から何をもらえるか」しか頭になかったんですね。ところが、今、自分の力で稼ぐようになって、「人に何を与えることができるか」を考えるようになりました。まったく逆の発想です。それだけでも、独立して良かったと思います。

今日、レッスンを受けにいった帝塚山は神戸の芦屋のような高級住宅街。お城のような豪邸がたくさんありました。今までは、豪邸を見ると心の中で、「あのような豪邸を持ったら、泥棒の心配もあるし、警備や掃除にお金もかかるし、大変そうだな・・・」と思う自分がいたのですが、今日は「あのような家に住めたら、どれほど快適で、楽しいだろう。よし、あのような豪邸に住むぞ。」と思ってみました。

第一、住んでいる人の雰囲気が全く違いました。お金の制約の中で、日々長時間仕事をし、お金のことを考えながら食べるものや着るものや住む場所を選ぶ人よりも、ずっと楽しそうだったのです。そんな世界に自分も行きたい。

今年になってやっと、お金をあまり気にせずに好きなものを食べたり、遊んだりできる程度には経済力を手に入れることができるようになりました。たぶん、一般の企業に勤める、30歳男性の年相応の経済力だと思います。

お金に少しでも余裕があるのは、本当に素晴らしいことです。快適に暮らしたり、誰かを助けたり喜ばせたりすることができます。それでも、まだお金の苦悩の中に生きています。 

究極の目標は、「好きな時に、好きな場所に行き、好きなことをして」暮らすというシンプルなもの。これを、この人生のうちに実現するには、どうしたらよいのか。考えて、行動していきます。

豊かになるぞ!!

最近見た映画
2009年7月26日 23:05
映画を3本借りてみました。

★感染列島 (日本:2009年)

図らずも、今年のインフルエンザ流行と酷似したシチュエーションの映画となりました。違うのは、本作で流行するウィルスは、空気感染し、非常に致死率が高いということ。感染すると、高熱とともに吐血して、短時間に死に至ってしまいます。目からも出血していたのには驚きました。そんなこと、あるんだろうか・・・。

(ネタバレ注意)主役級の俳優が、どんどん死んでいってしまう展開にはハラハラさせられました。また、佐藤浩市さん(三谷幸喜監督『マジックアワー』にも出演)やカンニング竹山さんは、よい脇役っぷりでした。鳥インフルエンザと疑われて養鶏場が中傷されたり、都市全体が隔離地域に指定されて閉鎖されたりする様子は、リアリティありました。結末部分のエピソードが「名セリフ」になりそこねた感じで残念です。全体的には、日本映画のレベルが上がってきたなと感じました。妻夫木聡が、なかなかいい演技でカッコいいなと思ったこと、養鶏場経営者の娘役の「夏緒」さんが、デビューしたての広末涼子みたいでかわいいなと思ったことが発見です。


★ローマの休日 (アメリカ:1953年)

これほどまでに有名な作品なのに、見たことがなかったのです。昔の映画は、凝った演出やCGもなく、人物描写を中心に淡々と進行するので、今の映画に慣れた若い人には退屈に感じるかもしれません。その分、役者の技量やストーリーで引きこむ力が強いように感じます。

この映画で印象深かったのは、オードリー・ヘップバーンが本当に美しいということ!しかも、彼女の初主演作品で、当時としては無名の新人女優の大抜擢だったというのです。この映画は、僕の祖父母の時代なのですが、今も昔も、美しい女性は普遍的だし、男と女の世界もまた、普遍的なのだなあと妙に納得したのでした。

それにしても、ヒーローであるジョー・ブラッドレーは、全然良い男には見えませんでしたね。上司の目の前で上司の机に座るし、わざと友人にお酒をこぼすし、相当性格悪いと思うのです。当時は、ちょっとワルいくらいの男が魅力的だったんでしょうか。

二人が出会って、恋に落ちて、別れるまでたったの2泊3日。人と人との出会いは密度だな~と、つくづく思います。また、身分違いの恋ゆえにどうすることもできないことをわかりつつも惹かれあい、一度もお互いに思いを伝えないところが、現代に生きる僕から見ると、奥ゆかしいですね。良い映画でした。

★禅  (日本:2009年) 

鎌倉時代に仏道の正師を求め、24歳で宋へ渡った道元の生涯を描いた作品。全体の感想としては、「素晴らしい」につきます。宗教がその機能を失いつつある現代、儲かりそうにもない宗教をテーマにして、よくぞここまでのものを作ってくれた!と制作スタッフには拍手したいです。また、主演の中村勘太郎や、内田有紀、友情出演の藤原竜也ら俳優が、すばらしい演技をしています。

映画を観終わって、あまりに感動して朝から嗚咽してしまいましたよ・・・。

感動したポイントは、内田有紀演ずる遊女の「おりん」が、赤子を亡くすシーン。赤子を救いたい一心で道元に救いを求めるのですが、道元は「ひとつだけ救う方法がある。死人の出たことのない家を回って豆をひとつぶもらってきなさい」と言います。このエピソードはお釈迦様が言ったともされていますが、人間の命の儚さを伝えるには十分でした。

また、天下人となった執権 北条時頼が、自ら気づいた屍の怨霊に苦しむエピソードがあるのですが、僕が興味のある「幸せに成功する」テーマとの関わっているように感じられました。

苦しみはどこから生まれるのか?どうすれば苦しまないでいられるのか?これは、まさに僕がいま考えているテーマです。

真の幸福は、死後の世界ではなく今の世にある。仏は、誰の心の中にでもいる・・・。道元の言葉の一つひとつがありがたく、心に刻んでいきたいと思いました。ぜひ、見ることをおすすめします。

近況報告
2009年7月25日 09:48
(8/1の日記です) 

今日から8月!6、7月と日本各地を旅してまわりましたが、濃密な2か月でした。8月はレッスンやライブも少なめで、練習や作曲、万笛博覧会の準備などに集中したいと思います。

水曜日から、ライブが5連続です。レギュラーの演奏も最近は増え、新しい出会いがあって嬉しいです。

水曜日:梅田 フランダース・テイル w / えぐちひろし(Gt)
木曜日:梅田 テンプル・バー  w/大森ヒデノリ(fiddle)
金曜日:西宮 カプリシカ w / えぐちひろし(Gt)
土曜日:芦屋 Tio     w/ Ensemble Trine (Gamba, Vilon, Cembalo)
     梅田 テンプル・バー  w/上原奈未 (piano)
日曜日:城陽 CKミュージック w / えぐちひろし(Gt)

大森さんとのライブ、良かった~!いつも2人だけで、アイリッシュの伝統ダンス曲だけをするのですが、お互いに音楽でコミュニケーションをとれて、それだけで素晴らしいです。普段は、無伴奏のアイリッシュは地味でコンサートとして「見せる」のが難しいのですが、大森さんのような達人と一緒だと全然飽きさせません。今月はカプリシカで21日にご一緒しますので、ぜひ見にお越し下さい。

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テンプルバーの天下無敵のカツサンドにびっくりする大森さん。おいしい!!


毎日、何人もの生徒さんがうちに来て下さいます。スカイプのほうも順調です。タウさんとのスカイプレッスンは週1回。来年1月に台湾で会えるのが楽しみです。

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時々、ふと熊野のことが頭に浮かびます。日本各地を回り、いろいろなお気に入りの土地を見つけましたが、熊野には一生かかわっていく、そんな予感がしています。


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シンクロニシティ
2009年7月24日 00:27
今日は、3つものシンクロニシティがありました。

先日の日記で書いた、僕が愛用している茨城県の「須田帆布」のかばん。

ブログを読んだ方から、メッセージを頂きました。 なんと須田帆布のお嬢さんの旦那様はアイルランド系カナダ人であり、須田帆布が工房に併設しているカフェでは、よくアイリッシュがかかっているとのこと・・・(現在休業中だそうです)。

もうひとつ。

先日、西宮のカプリシカに、熊野で僕のコンサートを見た母娘が来て下さいました。 その時は、あえて連絡先を交換しなかったのですが、熊野のツアーをお世話くださった前先生がブログを読んで連絡をくださいました。あの母娘は前先生の奥さんの、いとこの奥さんとお嬢さんなのだそうです。

こういう偶然って、なんだか本当に楽しいですね。そして、3つめ。

毎週水曜日に演奏している梅田のフランダース・テイルで、開演前の準備を済ませてお店の表に出たところ、昨日の日記でご紹介した、不思議な出会い方をしたご夫婦とばったり!

なんと、今日はお子様達がキャンプに出かけたので、夫婦で外食でも・・・と思って、 フランダース・テイルにいらっしゃったとのことです。 ここで僕が演奏していることは知っていたが、まさか今日とは思いませんでした、と。しかも、開演時間直前という、このタイミング。

ひょっとして、引き寄せた!?

ご夫妻には、演奏終了後にたくさんの面白いお話を聞かせていただきました。

思えば、この方には他にもシンクロニシティが働いていました。

今日フランダースに来てくださったご夫妻の奥様のほうが、大阪のグループ教室に来てくださっているのですが、去年すべての教室の門下生を集めたクリスマス・パーティに参加されたとき、自己紹介の時間に突然、叫ばれたのです!なんと、高校時代の同窓生が、僕の門下生にいることがわかったのです。その方こそ、昨日の日記でご紹介した、自宅のレッスンに通っている、脳機能障害者の看護をしている方。

高校生の頃はお互いに、顔と名前を知っている程度だったのですが、パーティで再会して、お互いにびっくりされていました!その瞬間に立会いましたが、奇跡を目の当たりにしたようでした。人の縁は神秘的・・・

今日は、3つのシンクロニシティが起きました。 こういう日も珍しいです。

きっと、何かの転機が来ているのでしょうね。 自然体で受け入れたいと思います。

そして、今日、お店に居合わせたカップルのお客様から、10月に挙げる結婚式の2次会での演奏のご依頼頂きました。これもまた、縁ですね・・・

人と人を結ぶもの
2009年7月23日 01:12
最近、「縁」とはどういうものなのか、とても気になる。
このテーマはもっと深く掘り下げていきたい。

本をたくさん読むのもよいし、実際の人間関係を深く観察するのもよいかもしれない。

教室の生徒さんは既婚女性が多いので、旦那様とはどういうきっかけで知り合いましたか、とか、いつ、「この人だ!」と思う瞬間がありましたか、と、あまり立ち入らない程度にお話を聞いてみた。すると、興味深く、素敵なお話をたくさん聞くことができた。

中でも「シンクロニシティ(偶然の重なり)」が働いている出会い方をした方は、現在もとても幸せそうであることが印象的だった。

たとえば、ある女性が高校1年生の時に、部活の先輩として指導に来た、ある男子大学生と出会った。女性が高校3年生になった時に、その彼は教育実習生として自分のクラスを担当した。その彼と、今度は遅刻しそうになって乗った電車で、偶然隣り合わせた・・・まるで少女漫画のような展開の方がいた。

ちなみに、そのとき電車から見た教会の付属幼稚園に、いまお子様2人を預けているそうです。 ごちそうさまです(笑)

こういうことは、実は不思議でもなんでもないのかもしれない。後から思うと、当たり前のように、一本の線になって見えるはずなのだ。

僕は「運命」は信じないけれど、「流れ」と「縁」はあると思う。

人生は選択の結果なので、いかようにもなる。けれど、「流れ」を読み、逆らわずに進んだほうが、うまくいく。「流れ」や「縁」を無視して、強引に事をすすめたり、人と結びつこうとすると、どこかでゆがみが生じ、いつか破綻する。

「流れ」や「縁」には敏感でありたい。

今日の教室で、脳障害の患者さんのリハビリテーションを職業にしている女性の生徒さんにそのお話をしていたところ、「私も患者さんとの関係には悩みます」。と、打ち明けてくださった。

脳障害によって他人との距離感がなくなってしまった患者さんとの接し方は本当に難しいらしい。近づきすぎず、離れすぎず、必要なときに必要なサポートをしてあげられるように心がけている、とのこと。

「患者さん達を愛していますから・・・」

そういって涙ぐまれたので、このような心優しい人に出会えて本当によかったと、僕も感激してしまった。そして、「僕も、生徒さん達を愛しています」と返事をした。

教室の生徒さんには女性が多いこともあり、看護士、介護士、保育士、カウンセラー、セラピストなど誰かを癒したり、お世話する職業の方が多い。皆さん本当に愛情深い方ばかりで、そのような仕事に触れたとき、僕は心から感動してしまう。

また、愛がある仕事をしている方は、ご本人も愛情溢れる、暖かい幸せそうな雰囲気をしているように思う。きっと大勢の人に愛されてきたのだろう。人間、愛された経験がなくては人を愛せないものだとつくづく思う。

僕の場合は音楽への愛と、生徒さんへの愛か・・・

また生徒さんから学ばせていただきました。

縁と出会いの不思議
2009年7月22日 17:15
中・高校の頃の僕は集団行動が苦手で、グループの中で孤立しやすい子供だった。人に合わせようとすると胃が痛くなってしまうのに、自己主張して自分のペースにもっていくこともできない。人間関係のストレスに弱くて、ストレスを感じると学校に行くのもいやになってしまうことがあった。

今でもマイペースを貫いているけれど、音楽という仕事のおかげで、人間関係のストレスが全くない生活を送れていることには、本当に感謝している。それでも年に1回、仕事関係やプライベートで、この人とは合わないな、と思う人に出くわすことがあるけれど、そういう人とは近付く前にこちらから立ち去ってしまうので、ぶつかることはない。フリーの強みだと思うが、相性の悪い相手とは良い仕事ができないのだから、相手を選ぶのは当然のことだ。

人間には、近さにおいては2種類ある。無関係か、近い関係。一般的には、敵対関係が最も遠くて、次に無関係、友人や家族などが最も近いと考えがちだけれど、敵対関係の人間は、無関係の人間よりもお互いのことを良く知っているという点においてずっと近しい。人生において、敵と友とは紙一重だ。どちらも、人生という舞台を華やかにするためには欠かせないものだろう・・・。

出会ってはいけない関係、というのは絶対にある。お互いによく知っているのに、出会うきっかけがない相手、または意識的に近づきたくない相手というのがある。そういう関係は、無理して出会わない方が良い。世の中にどうしてもソリの合わない人間というのはいるもので、どっちが悪いわけでもないが、一緒にいると不幸になる可能性がある。

また、一時は近かったのに意図的に遠ざけるべき関係もある。自分中心に考えると、近くなる関係(友人や敵対者や家族など)は、何かの役割をもって登場しているのではないか。その役割を終えたとはっきりわかったとき、次に向かうべき関係というのがある。「親離れ」が最もわかりやすいかもしれない。人間にとって、人づきあいには物理的な限界がある。終わってしまった関係を清算することで、もっと素晴らしい、新しい出会いを迎えることができるはず。

ツアーやコンサートでは、本当に多くの、新しい人との出会いがある。最近、直観的に、この人とは長い付き合いになりそう、と感じることがある。そういう出会いには敏感でいたいし、「維持」するだけの関係にこだわらず、どんどん新しい人間関係を築いていきたいと思う。

人間関係は密度だと思う。

どんなに離れていても、たった数時間で旧知の友人のように親密になる人もいれば、
何年近くにいても、知人の域を越えない人もいる。

それにしても、人と人が出会い、縁が結ばれていくことは本当に不思議・・・。

フィットネスクラブに入会
2009年7月21日 21:59
この夏は思いっきり体を鍛えたくて、近所のフィットネスクラブに入会しました。実は一昨年くらいから気になっていたのですが、お金と時間がなくてあきらめていたんですね。

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施設にでかける数時間前に、もう何か月も前に教室を休会されて、連絡を取り合っていなかったティン・ホイッスルの生徒さんから突然、電話がありました。近況報告の連絡だったのですが、実は彼、神戸にあるフィットネスクラブのインストラクター。まさに今日、クラブに入会するんですよ!とお互いに偶然を喜び合いました。これもシンクロニシティですね。

まずはインストラクターに、体脂肪などの健康診断をしてもらいます。結果・・・すべて標準的。体型も、筋肉の付き方も理想的だそうです。現状維持&体力増進を目標にしてくださいとのアドバイス。普段、ほとんど運動をしていない割には健康的なようで、嬉しかったです。これも笛を吹いているおかげ?!

インストラクターから、ジムのマシンの説明などを受けて、軽いトレーニング。ランニングマシンや、筋肉トレーニングのマシンなど、合理的に出来ているんですね、感動しました。また、ジムの中も清潔感があり、好感が持てました。平日のお昼だったので、年配の方がとても多いことにびっくり。皆さん、健康に気をつけているんですね。マシンの説明を受けているときに、5月にライブをさせて頂いたライブスポット・アローの西田店長とばったりお会いして、お互いにびっくりしました。2つめのシンクロニシティです。やはり、何かの転機にはシンクロニシティがあるものだな・・・と、納得していました。

マシンを一通りしてから、プールで水泳の練習。平泳ぎはできるけど、クロールはだめです。息継ぎをしても、水中で目をあけるのが怖くて(コンタクトレンズが流れそうで)方向がずれてしまいます。ここではレッスンもしてくれるそうなので、泳ぎの上達を目標にします。心臓と肺には水泳とランニングがよさそうです。

最後にお風呂。銭湯のような本格的なお風呂で、お風呂だけ入りに寄るのもいいかも。

フィットネスクラブ、思っていたよりずっと良かったです。好きな時間に、安全に運動ができる。特に女性には嬉しいのではないでしょうか。仲間と一緒に運動できたら楽しそうですね。

長くいい仕事をするには、健康が第一。しっかり鍛えますよー!





「かっこいい」より「かわいい」
2009年7月20日 22:53
熊野ツアーに出かける前、神戸の三宮に衣装を買いにでかけた。

これまで毎週毎日のようにライブがあったので、ステージ衣装と普段着を分けていなかったのだけど、今後は「ライブ」と「コンサート」を分けて考えることにした。ライブとは、お客様がいるところに行って演奏する気楽なもので、コンサートとは、自分を聴きにお金を払って来て下さるお客様に対して演奏するもの。お客様の立場が違うのだから、こちらの対応もわきまえるのは当然のこと。どうして、そんなことに気がつかなかったんだろう。

妻のすすめもあって、コンサート用の衣装は普段着には絶対にしないことにした。靴も、いいのを新調して、舞台の上だけで履くことにした。衣装を選ぶにあたって、漠然としたイメージはあったんだけど、好みのブランドがあるわけでもなく、あてもなく探したので、途方にくれてしまった。何軒も回って探し疲れたとき、見つかった!デザインも、素材も、仕立ても素晴らしい、ステージにぴったりの衣装が。しかもバーゲン中で、普段は何万円もするものが半額近くになっていた。

衣装は僕にとってのスーツだ。ここでケチっていては、いい仕事ができない。気に入ったのが何着もあったので、この際だから思い切って全部買った。大きな出費ではあったけれど、その分、いい仕事をしてお金を稼ぐのだ。たとえば、こんなの。

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いい買い物が出来て、本当によかった。20代は、古着とかちょっといい普段着をステージ衣装にしていたけど、これからは違うんだ。一流になるためには、すでに一流のつもりで振る舞うのが近道だ。

ところで、男性服にはチョイスが少ないのが、とても不満。女性服はお洒落で素敵なのが多くて、色も形もよりどりみどりなのに、男性服はシャツやスラックスなど形はどれも一緒。色も、黒や紺や茶など、明度の低い地味なものばかり。思うに、男性は普段スーツや仕事着を着て仕事をしている人が多いから、おしゃれをする機会が少ないためではないかな。もっと男性が派手に、おしゃれになれば、楽しくなると思うな。

話が服からそれるけれど、男性用の化粧品も同じくチョイスが少ない。「男の○○」と書いた商品には、メントール入りのスーッとするものが多い。作り手の、「男ものにはメントールを入れておけばいいだろう」という安直さを感じてしまう。石鹸、洗顔フォーム、シャンプー、ヘアスプレーなどは、男女わけなくても良いと思う。

服を選ぶ時は、「似合っているか」「長く使えるか」と同じくらい、「自分のトレードマークになれるか」をポイントにしている。特に、男性は「かっこいい系」の服を選ぶ人が多い中で、僕はあえて原色や暖色系を使った「かわいい系」を選ぶ。今回買った普段履き用の靴は、ミッキーマウスの靴みたいと言われて、気に入っている。

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それから、これまではTシャツ一枚でいることはなくて、上に柄のシャツを羽織っていたんだけど、この夏はTシャツでいくことにした。Tシャツは全然詳しくないけど、2枚新調。かわいいTシャツがあればいいなあ。

小物で言えば、普段仕事に使うリュック。僕は「須田帆布」のリュックを長年愛用している。部品が壊れたら、それだけを注文するほどお気に入り。これもトレードマークかな・・・

おしゃれに詳しいセンスのいい人(男女問わず)に、買い物につきあってもらって、僕に似合うブランドを紹介してほしいです!マイルス・デイビスがそうであったように、ファッションにも自分スタイルを作っていきたいものです。

青森紀行12 チャンネルを合わせる
2009年7月19日 22:12
実は青森ツアー2日目の「東啄海の店」でのライブの後には続きがある。ぶん太さんが、ライブ後に、青森市で唯一のアイリッシュ・パブというお店(名前を忘れてしまった)に連れていってくださったのだ。

ネオンや雑貨などでアメリカンな雰囲気いっぱいのかわいらしいお店。マスターはアイリッシュが好きで、フィドルの功刀さんを聴くために、つい最近、東京にまでライブを見に行ってきたというほど、熱心なファンである。これからアイリッシュパブに徐々に改装していくのだそうだ。

ぶん太さんは、打ち上げのお酒を飲むわけではなく、僕に何かを演奏してほしかったようだ。マスターと交渉して、ちょっとだけライブさせてもらうことになった。居合わせたお客さんは20人くらい。赤澤さんと一緒に何曲か演奏して、ついでにいろいろな曲芸を披露したら、結構ウケた。集めるつもりのなかった投げ銭もたくさん集まった。

続いて、僕はぶん太さんをステージに紹介した。ぶん太さんは「白神」など、普段演奏しているオリジナル曲を一人で演奏した。演奏中にマスターが僕に近づいてきて、「アイリッシュのほうが良かったな」とぶん太さんに聞こえるくらいの声で言ったのには驚いた。

確かに、ぶん太さんの笛はこういう場所や状況の中で聴いてすぐに素晴らしさが伝わるような種類のものではない。後日、ぶん太さんは「音階に長調があって聴いてすぐに楽しいアイリッシュは本当にうらやましいです。津軽の笛みたいな短調の辛気くさい音楽は、こういう場では敬遠されるから・・・」と打ち明けてくれた。

僕は、ぶん太さんは心から音楽を演奏する、本物の音楽家だと思う。しかも、きちんと伝統に基づいた、師範代からお墨付きを与えられた奏者だ。しかし、どんな素晴らしい音楽家であっても、場所と状況が不十分では、その真価を発揮することはできない。

カーネギーホールで演奏しているようなクラシックの奏者が、路上や宴席で何の前置きもなしに演奏をして、カーネギーホールで受けるような評価を受けることができるのだろうか?

料理の世界でも、「本物」と認められた料理が、必ずしも絶対的に万人に受けるわけではない。一流シェフよりも、おふくろの味、女房の味が良いという人がいて当然である。

スポーツには「勝ち負け」があっても、音楽には「絶対」はない。どんなに多くの人が最高だと認めた音楽家の音楽ですら、心に響く人もいれば、響かない人もいる。これは事実である。だから人間の感性や、芸術は面白いのだ。だが、そうであれば音楽家が日々精進するのは、儚い努力のようにも思える。儚かろうが、自分に偽りのない最高の演奏をして、一人でも多くの人の心を震わせることができれば・・・それが僕の願いだ。

また、音楽を楽しむには聴き手の体調や心理状態も重要だ。コンサートでは、演奏者は状況を読み、お客様の求めるものを判断することが必要になる。テレビ放送のような一方通行ではなく、双方のコミュニケーションで成り立つのがコンサートの醍醐味。「チャンネルを合わせるように」演奏者とお客様の心が一致すれば、よりお客様を自分の世界に引き込むことができ、演奏者としての真価を発揮できる可能性が高まるはずだ。

そのために、衣装もトークも、選曲も、時には曲芸を披露してお客様の心の鎖を解くことも必要になのだ。すべては音楽のために・・・。

精進利他
2009年7月18日 03:10
熊野の公演を主催頂いた前先生から、ご自身が剣道7段の昇段審査合格のおりに作られた「てぬぐい」を頂きました。「精進利他」。前先生の剣道の師範が前さんに授けた言葉で、精進することが人の幸せにつながるような生き方をしなさい、という意味です。

実は、戒めの言葉を書いた書を、我が家の「笛道場」に飾りたく思っていたので、実によいタイミングでした。この言葉は、レッスン中の生徒さんの視界には入らず、僕が常に座る席にのみ見えるようになっています。戒めるべきは、この僕なのです。

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もうひとつの素晴らしいプレゼントは、笛師の切り絵です。伊勢型紙切絵の名人、村川さんという方が作ってくださいました。実に繊細で美しい作品で、見れば見るほど、どれほどの高い技術と芸術性で作られたものかを知らされます。お顔が美しくてとても気に入っています。この作品が一枚の紙で作られていることには、本当に感動しました。

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お金を出せばなんでも買えるこの時代、手間暇をかけて、受け取る人のことを思いながら作ったプレゼントほど、価値のあるものはありません。教室に飾り、一生の宝にしていくつもりでいます。

熊野に行ってから、心も体もすっかり元気になりました。それに、今回の人生においてどんな生き方をしたらよいのか・・・について、さらに明確に見えてきました。人の心に届く音楽を演奏したい。それ以外の音楽や、そのような演奏ができない人にはすっかり興味が薄れました。誰かの人生において、僕をきっかけに素晴らしい化学反応を起こしたい。人と人が音楽で結びつく瞬間を見たい、「縁」の不思議さを味わいたい。

熊野に行って、もうひとつ大発見がありました。僕は泳ぐのが大好きだったんです。今回は海でも川でも泳ぐことができましたが、本当に楽しかった。もっと長く、水に遊んでいたかった。さっそく、近所のフィットネスクラブに入会しました。体も、心も鍛えたいと思います。

金曜日の「カプリシカ」のライブに、なんと熊野のコンサートをご覧になった方がお嬢様を連れてお越しになりました。コンサートで配っていたPRカードからこのライブを知り、来て下さったそうです。しかも、観光で訪れた千枚田のそばにお住いとのことで、一層懐かしく、感激しました。本当に、ありがとうございました!またひとつ、縁の不思議を感じる出来事でした。

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これからも、この人生において、ますます素晴らしい出会いを経験できる喜びを、噛みしめています。

恋する遺伝子
2009年7月17日 23:58
スカイプ・レッスンの鹿児島の受講生の男性が、大学での研究テーマについて、面白いことを聞かせてくれました。とても興味深かったので、つい書いてしまいます。

彼は、マウス(ねずみ)を使って、マウスが好みの相手と繁殖をした場合と、そうでない相手と繁殖をした場合、子供にどのような影響を与えるかを研究しています。結果から言うと、好みではない相手との子供には、異常や奇形が発生する確率が高まるのだそうです。

その研究結果には理由を聞かずともなんとなく納得できますが、そもそもマウスに異性の好みがあることに驚きました。その点について深く聞いてみると、動物には病気に対する免疫があるのですが、免疫の内容は個体によって異なり、それが異性の好みについて影響を与えているのだそうです。

Aという病気に対する免疫を持った個体が同じ免疫を持った相手と繁殖すると、仮にBという病気が蔓延したときには免疫が働かず、子孫もろとも絶滅する危険性が高まってしまう。だから、Aという免疫を持った個体は、Bという免疫を持った個体に恋をするのだそうです。

では、相手の免疫の種類をどこで識別しているのか?
それは、匂い(体臭)なのだそうです。免疫に関する遺伝子は、体臭にも関係しているので、マウスはそれを嗅ぎ分け、繁殖に最適な相手を探し出すのです。

人間にもこのシステムは働いています。男女複数のグループを集めて、4日間連続で着続けたTシャツを集めて異性に嗅いでもらい、匂いの快・不快を調べたところ、心地よい匂いだと感じた相手の免疫の内容は、自分とは異なるものだったそうです。汗の匂いは誰のものであれ不快なのではと思っていたので、びっくりしました。

思春期の女の子が父親の体臭を嫌うのは、近親交配により種が絶滅する危険性を避ける遺伝子の働きによるものなのだそうです。なるほど!

さて、こうして理想の相手と出会ったマウスが恋に落ちるわけですが、恋とはどういう状態なのか?

恋愛状態の脳内にはフェニルサイラミン、ドーパミン、エンドルフィン、オキシトシンなどの「恋愛ホルモン」が分泌されるそうです。これらのホルモンは、相手に好感を持ったり、愛着を感じたり、触れ合いたいという欲求を発生させる働きがあります。これらの恋愛ホルモンが一定値を超えると、相手のことを考えてばかりいたり、ぼーっとして何も手につかなくなったり、相手が他の異性といることを気になったり...etc...といった状態になります。これらのホルモンは麻薬と同じ働きをするため、快感をもたらします。つまり、生殖可能な年齢になると、脳は快感を求めて、恋する相手を探し始めるのですね。

中でも「愛着」について働くホルモンはオキシトシンです。大半の動物はツガイ(夫婦)を形成しますが、種によってはオキシトシンの分泌量が少ないものもあり、結果的に特定の異性に対する愛着が薄くなり、縄張り内の異性と乱交配するそうです。こういうの、人間にもいますね・・・。

数多き異性の中から特定の相手を選びだし、恋に落ちる繁殖のシステムって、本当に不思議に思いますが、背景にこういう遺伝子の働きがあったことはとても興味深いです。もちろん、人間は本能だけで生きているわけではありませんので、これ以外にも計り知れない色々なものが絡み合い、「恋に落ちる」のですね。人間ってすごい。

尚、これを教えてくれた彼もまた、恋に悩む独身男性ですが、彼には「妥協しないでね!」とアドバイスをさしあげました。だって、理想の相手と健康な命を育んでほしいですからね。

想いの届く日
2009年7月16日 12:41
7月21日火曜日、熊野ツアーから戻ってきました。

これまで幾度と旅をしてきましたが、最高のツアーでした。

また、一昨日の新宮での演奏では、ここ数年でも自己ベストと断言できる演奏をすることができました。

まるで、そう。神がかったかのようでした。演奏中、自分からものすごいエネルギーを発していることが実感でき、全身に力がみなぎるのを感じました。そして、自分ではない誰かがお客様に直接語りかけているような感覚や、自分が触媒となってお客様と何かをつないでいるような感覚をおぼえました。実に、不思議な経験でした。

会場である教室にいた40人近いお客様の多くが聴き入り、感激の涙を流し、会場が一体になっていました。僕たちはあの晩、特別な時間を共有していました。

音楽の力ってすごい。言葉を越えて、人の心の奥深い部分に届き、人と人の意識をつないでいくんです。大阪に帰り、短い眠りから醒めたら、この三日間のことは夢のようでした。

ますます、熊野が大好きになりました。胸いっぱいで、言葉になりません。ツアーを主催してくださった熊野の前さん、東さん、ともこちゃん。本当にありがとうございました。

ツアー旅行記は、青森、北海道につづいて書きます。どうぞお楽しみに。

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聖地・熊野へ
2009年7月15日 08:41
7/18 から、熊野へ演奏旅行に出かけています。
帰りは22日になります。

お返事やblog更新がしばらくできませんが、ご了承ください。

正しいティン・ホイッスルの構え方動画
2009年7月14日 13:17
参考にしてください!

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青森紀行11 2日目 東啄海の店ライブ 
2009年7月13日 11:37
遺跡を後にし、青森市へ。今回の旅行では初めての青森。

まず、お店の場所を確認。まだ空いていないので、観光施設「アスパム」へ。ここでも特産物の販売があるほか、津軽三味線やねぶた囃子の講習会も開かれている。

焼きサザエを頂く・・・

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アスパムの隣は「ラッセランド」。ねぶたを制作している巨大なテントがいくつも並ぶ。青森のねぶたは、企業が協賛して、広告塔として作られているそうだ。テントには、全国的に有名な家電メーカーなどの名前が連なる。ねぶたは、木の枠組みに針金で形を作り、和紙を張り付けて造られる。さらに、そこに絵師が絵をつける。

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制作中のねぶたを特別公開!
図面もなく、すべて、1枚の「絵」から作られるそうだ。まさに、熟練した職人の技。こんな現場に入らせて頂くことができたのも、ぶん太さんのおかげ。普通は見ることはできません・・・。

津軽海峡の埠頭で休憩の後、東啄海の店へ。高級サロン的な雰囲気のお店で、普段はジャズが似合いそう。

そこで、今回のツアーで初めて吹くバグパイプにトラブル発生!出発前に、旅自宅をしてくれた妻に、いつものバグパイプケースを持っていくのは大変だからスーツケースに入れておいて、と頼んでいたところ、リードを含む、すべてのパーツがバラバラに分解されてしまっていたのだ。おかげで、どの部品がどこへつくやらわからず、結局ドローンが1本しか使えない、お粗末な姿になってしまった・・・。僕の責任ながら、これにはショック。演奏そのものは、暖かいお客様のおかげで良い雰囲気でできました。中でもぶん太さんが一番楽しんでくれていたかも!!

「津軽囃子組曲」を初めて披露。とても恐縮ながら、お客様からはよかったと言って頂けました。本当に、ありがとうございます。ライブには、昨日の歓迎交流会に来て下さった青森で笛を作っている方などが来て下さり、お話も聞くことができました。CDもたくさん売れました!!

演奏終了後は、ぶん太さんの家でタカヒトさんとのミニ打ち上げにちょっとだけお供させて頂きましたが、疲れもあり、早々と休ませて頂きました。今日も濃厚な一日でした~。ライブ前にこれだけ観光したのは初めてかも。大満足!!!!

つづく。

青森紀行10 
2009年7月12日 10:25
6/20 は、青森市「あずまたくみの店」で演奏の予定。

食堂を出て、車で青森方面に向かう途中、お土産店に。りんごの直売があった。どれも大きくてつやがあり、おいしそう。

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野菜売場では、珍しい野菜もちらほら。長~~いもやし。これ、どうやって食べるんだろう?

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これが、ミズです。

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お土産に、青森県特産のホタテが入ったインスタントお味噌汁を購入。

次は、三内丸山遺跡へ。この遺跡は縄文時代のもので、約5500年前~4000年前とされている。1992年から発掘調査が開始されたそうで、縄文文化が東北にまで及んでいたことを示す貴重な証拠となった。

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建物を進むと、広い公園のような原っぱ。そこに、復元された家屋などが点在する。

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地面を1メートルくらい掘ったところに、木で枠組みをして、藁をかぶせた建物で、これでも雨風を防ぐには十分だったと思われる。人類はこんな昔から、文明的な生活をしていたのだ・・・。

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柱があったとされる遺構を元に復元したシンボル的な建物。これが何の目的のために立っていたのかは不明だが、縄文時代、海は現在よりも近くにあり、この集落は漁村だったそうだ。遠洋からでも集落の位置を確認できる、灯台的な役割があったと推測されている。きっと、権力の象徴でもあったのだろう・・・

集落には子供専用の墓地もあり、大人の墓地が郊外に置かれたのに対して、集落のすぐそばに置かれている。親が、いつでも会いに行けるように・・・との思いで作ったのではないかとガイドの方が話された。

ここには1500年間もの間、人が住んでいたそうだ。それにも関わらず、文明の進歩はそれほどもなかったようだ。それを思うと、ここ数百年の文明の進歩のスピードは信じられない。どうして、彼ら縄文人がここを去ることになったのかは、不明だが、打ち捨てられた集落は、幾度の火山噴火により、灰の下に埋もれてしまうことになる・・・。

青森市へ。つづく。

芸は人なり
2009年7月11日 00:00
(7/17に書いています)

今日ジャズ・ピアニスト梅田望実さんとの第二回目のセッションでした。望実さんとは5月に地元武庫之荘のライブスポット・アローでのコンサートでご一緒頂いたのですが、それきりかと思っていたところ、望実さんの方から今回のお誘いを頂きました。

望実さんは僕と同世代で、まるで「のだめ」を彷彿とさせるような不思議ちゃん。でも、演奏はすごくて、そのギャップがツボです。ジャズと聞いて、ビバップのような弾きまくり系かと構えてしまいましたが、彼女自身はメロディアスなバラードが大好きで、ジャズピアニストのオスカー・ピーターソンが好きという点でも話が合いました。ピーターソンは僕のピアノ時代(19歳頃?)のヒーローでしたから・・・。僕の望実さんをマッチングしてくれたアローの西田社長には感謝しています。

前回のアローではベース、ドラムスとのカルテット編成でしたので、今回もベースを入れませんか、とご提案頂いたのですが、どんなに上手なベーシストだとしても、ジャズではないアイリッシュで、しかもリハーサルがあまりとれないので、完成度に不安があり、僕はベース抜きのデュオを希望しました。

練習は2回。1回目には、お互いが曲を提案。僕はアイリッシュや映画音楽など普段演奏している曲とオリジナル。望実さんからは、ジャズ・バラード。1回目のリハは、ほとんど選曲とパンを食べるのに(?)費やされ、リハらしいリハは取れませんでした。

2回目は、本番の前の時間に、うちで。これも、きゅうりを収穫したりカレーを食べたりしていて(!?)、曲の構成を決める程度で終わってしまいました。そして、本番。

会場は、地元!武庫之荘の駅南側にあるライブハウス・「Mクアトロ」。テラスのある、素敵なライブハウスです。毎日のようにライブをしているようで、近所にこんな素敵なお店があるなんて、驚きました。
お客様は多くはなかったけれど、望実さんのファンを中心としたアットホームな雰囲気で、楽しく、リラックスして演奏できました。

お客様のひとりは、月に15回はライブに通うという男性。それって、2日に1回ペース!すごい!
昔は新地(東京で言う銀座)に飲みに行ったり、ゴルフにいったりしていたが、それを思えばライブ通いの出費なんてたいしたことはない、という太っ腹。

その方がいわく、たくさんのライブを見るけれど、やはり人柄がいい演奏者が一番だと。ちょっと売れたり上手くなったからって、天狗になったり嫌味になるような人のライブには絶対行かない。望実さんは人柄が素晴らしいから応援しているのだ、と。まさに、芸は人なり。音楽は、演奏者を剥き出しにさらけ出してしまいますからね。肝に銘じます。

その方が応援している、とあるヴォーカリストのライブには月8回は行くのだと聞き、そんなに同じ曲ばかり聞いていると、飽きませんか?と聞くと、諭されてしまった。「昔はレコードなんて、擦り切れるほど聴いたもんや。1回聴いて良さが分からない曲が、何度も聞くことが理解できることもある。逆に、綺麗だね、だけで終わってしまう曲もある。聴くほどに面白くなるもんやないか」。まさにそのとおりですね。演奏者としても、いつもの同じ曲でも、毎回発見があったり、新鮮な気持ちで曲を演奏することができるものです。プログラムが同じだからといって、恐縮する必要はないんですね。

ライブ後、最後まで残って下さったお客様が、「望実さんのピアノは、無駄な音が一切なく、メロディアスだ。それはジャズとは違う方向性なのかもしれないが、きっとhatao君とは合っている」とのお言葉を受け、ありがたく思いました。僕は、これからもメロディやニュアンスを大切に、気持ちを載せて演奏できるように精進していきます。

率直な感触として、アイリッシュ・フルートのハスキーな音色や人の声のような表現力は、ジャズには合うなと確信しています。ジャズは面白い...いまもMoon RiverやFly Me to the moonが頭の中にリフレインしています。ジャズと望実さんの演奏スタイルには、今後、何かしら影響を受けていく気がしています。

青森紀行9 二日目
2009年7月10日 02:41
青森ツアー3話分、一気に書きました。
http://irishflute.info/2009/07/08/ 白神にて
http://irishflute.info/2009/07/09/ ロマントピアそうま~おしょうゆソフトクリーム

ソフトクリームを食べた後、いったんぶん太さんの家に戻り、そこでぶん太さんのお弟子さんのタカヒトさんと合流。

途中、リンゴ農園と貯蔵庫を見る・・・。津軽では、リンゴは買うものではなくもらうものだそうだ。リンゴが取れる秋から冬にかけてたくさん出回るのだそう。大量に採れたリンゴは一気に出荷したりはせず、貯蔵庫に入れ、鮮度を保ったまま、全シーズン出荷しているそう。この「リンゴはもらうもの」が、このお話bの伏線となる。

お昼には地元の「津久志食堂」に連れて行っていただきました。ここは、地元のおばちゃんが二人でやっている、普通の民家の食堂。のれんの「志」の文字が半分にすりきれているのがなんとも哀愁をさそう。

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上がる時に靴をぬいでお座敷に座って食べるので、本当に人のおうち(しかも田舎のおばあちゃんの家)でご飯を頂いている気分になる。これでテレビで甲子園の中継でもやっていたら、完全に「帰省」だ。ついでに豚陶器の蚊取り線香と、風鈴もあれば完璧。

お座敷にあがると、定食が運ばれてくる。ミズという津軽独特の山菜、わらび、姫竹(こちらは寒いので太い竹ではなく、笹のような細い竹が初夏に生えるそうです)など、津軽の山菜尽くし。

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ジャーン。これが「ミズ」です。シャキシャキして癖がなく、おいしい!ミズとは東北の方言なのかなと思って、帰宅後調べてみましたが、ミズはミズなのだそうです。


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本当においしかった!お腹いっぱい食べました。ここはご飯のお替わりわり自由なのだそうですが、ジャーの中にほとんど御飯がなかったので、おばちゃんが気を利かせておかずを増やしてくれたようです。


帰り際に、おばちゃんが、ご飯がなかったことを申し訳なさそうに詫びる。そして、ぶん太さんのブログによれば「なーんも美味しくない林檎持っていがねーが?この林檎なんも美味しぐねんだばって良ければ貰ってけろ!」と、リンゴの袋を差しだされた。

つまり、お詫びに、この「美味しくない」リンゴをあげるから、受け取ってください、とのことです。そこで、ぶん太さんが一言「迷惑だなー」。そう断ったのかと思いきや、受け取ってるし・・・。

車の中で、ぶん太さんに「結構言いますねー」というと、どうやら「迷惑だ」は、ありがとうの意味だと知り、びっくり!富山県でも、何かを貰ったときに「気の毒なーえー」というのだそうだけど、これも同じく「ありがとう」という意味だそう。僕たちも、お礼のつもりで「すみませんねー」と言うことがあるけど、こういうニュアンスなのかな。

津軽弁、おそるべし。

つづく。





青森紀行8 二日目
2009年7月 9日 02:22
白神からいったん戻り、朝風呂をあびるために「ロマントピアそうま」に連れて行っていただく。ここのお湯はナトリウム系で、非常にしょっぱいお湯。どうしてもお湯の味を確認しないではおれない僕なのだ。岩木山を一望できる露天風呂がすばらしく、ついつい長湯してしまった。

ここからの帰り道、アイスクリーム屋さんがあり、寄って頂く。無口で、演奏以外では存在感を消しているかのようなブズーキの赤澤さんに、ぶん太さんは最初はつかみどころがなさそうな感じだったが、どうやら甘いもの好きだと見抜いたようだ。なかなか鋭い。これ以降、しきりに赤澤さんに甘いものを勧めるぶん太さんがおかしかった。本当は、赤澤さんは人並みに甘いものが好きな程度なんですよー。でも、コミュニケーションの糸口ですから、特徴をとらえることって大事ですよね。

本当に、地元の子供向けの小さな小さなお店。「わらび買います」の看板がとても良い味をだしている。ワラビは、地元の人から買い取り、これを加工業者に売ることで、お店は中間手数料を頂くという仕組みのようだ。大量のワラビを採ってもってくるおばちゃんがいて、あなどれないとのこと。

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ここの看板メニューは「おしょうゆ味」。ソフトクリームに、みたらし団子にかけるような甘いしょうゆだれをかける。

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思っていた以上におしょうゆが良く合い、うれしい意外さだった。アイス専用のおしょうゆなのだそうだ。

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このお店のおじさんは、いろいろとお店の裏事情を教えてくれるのだけど、このたれの入手先にまつわるぶん太さんとの会話が、なぞに満ちていて、面白かった。

詳しくはぶん太さんのブログにあります。
http://blog.livedoor.jp/yokohuehukyuu/archives/51217693.html

引用すると、おじさんが「おらえのむすこだっきゃ県外で売ってね~はんでみやぎサ12ほんばりおぐらせだんだや~~~」と言ったそうなのですが、ほとんど内容が理解できず・・・。

どうやら、ご子息が宮城県からソフトクリームのおしょうゆたれを買って送ってくれたらしい?ところが、ぶん太さんに確認すると、これが全く違い、「宮城」は「土産」のことだったそうだ。

しかも、いまぶん太さんのブログを読んで僕は大きな大きな勘違いをしていることに気がついた。

僕は、「ソフトクリームのおしょうゆを、青森県には売っていないので、宮城県の息子が買って青森に送ってくれた」のだと思っていたのだけど、ソフトクリームのおしょうゆの話はとっくに終わっていて、どうやら真相は「青森県では70%のシェアを誇る焼肉のたれ【源たれ】を、おじさんが県外の息子さんにお土産に送った」のだそうだ!!!

心底びっくりした。

理解できていたつもりが、ヒアリングがさっぱりできていなかった。

津軽弁、おそるべし。

青森紀行7 二日目
2009年7月 8日 01:22
昨晩の衝撃が冷めやらぬまま、朝、白神山へ。本当は6時に起床の予定のはずが、旅の疲れもあり、ちょっと寝坊・・・。昨日は、なんて濃い一日だったんだろう。3日分くらいに感じられた。

旅程では、今日は白神山地に行って、ご来光を拝むことになっている。白神は、93年に世界自然遺産に登録されている。

ぶん太さんは白神山地のボランティアガイドもなさっている。ガイドの先輩という方もいて、山のことはその方に教わったのだそうだ。山を走る車の中、妖精の話がふと出る。あるとき、ぶん太さんが他の方をこうして白神に案内していた時、その方は「停まって下さい!!」と突然叫んだそうだ。「いま、何か小さな人をひいてしまいませんでしたか」と。ところが、ふりかえっても、何もいない・・・。きっと、その方には妖精が見えたのだろうか。ちなみに、ぶん太さんには見えたことはない、とのこと。このお話を弘前でのコンサートでお客様にお話したら、私も見た!という人が何人かいてびっくり。

見晴らしの良い山頂に車を停める。ここにはトイレがあるのだけど、太陽光発電&浄化槽つきで、完全に自然にとけこむように配慮されている。すごい!電気も水道も引いていないので、手洗い水は「し尿」を再生した水だけど、完全にきれいになっていた。

マザーツリーを見に行く。マザーツリーとは、ブナの巨木のことで、白神のシンボルなのだそうだ。車から少し山を歩くと、その木が堂々とした姿を現した。

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この木のエピソードをぶん太さんから聞いた。ブナは橅と書く。つまり「木にあらず」という意味があるのだそうだ。ブナは枝を四方に広げて多くの葉を茂らせる。それが落葉し腐葉土を作るために、ブナの根元には多量の水分が蓄えられ、天然のダムとも言われる。また、ブナ本体にも多くの水分を含んでいるために、柔らかく曲がりやすく、家具作りには適していない。そのため、リンゴを出荷するための使い捨ての木箱を作る材料として、また、建築用の使い捨てのコンパネとして、高度経済成長期に大量に伐採されたそうだ。

日本中で、ブナの代わりに人間が利用しやすく、価値の高いヒノキやスギが植えられた。これらの木は、垂直に伸び、枝を横に伸ばさないので、密植できるのもその理由となったそうだ。大量に植えられたスギやヒノキは、やがて、多くの花粉症患者を生み出すことにつながり、また山の水分を不足させ、山林の荒廃にもつながった。

このマザーツリー周辺の原生林も、企業が伐採用に買い取ったものだが、企業がそれを手放したために、運よく放置されてしまったのだそうだ。

そのため、マザーツリーは生き残ることができた。

樹齢400年にもなる大木に触れ、400年前の日本へ思いを馳せる・・・ブナの寿命は平均300年程度だが、長生きのものは700年にもなるそうで、これから何百年先も、生き続けてくれるよう、祈る。

マザーツリーからちょっと歩くと、見晴らしの良い広場に出た。

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ここから眺める景色は、自然そのもの。きっと数百年、この景色は変わっていなかったことでしょう。ぶん太さんが笛を取りだし、1曲演奏する・・・。時々、ここへきては心を落ち着かせ、笛の音色を奉納するのだそう。

僕にもすすめられたけれど、何も演奏できなかった。この神々しい自然に、人間が何かをすることが、あまりに無意味なことのようにも思った。自然の素晴らしさには、どんなオーケストラも、名人もかなわない。そんな気持ちになってしまったのだ。

短い滞在だったけれど、見ることができて本当によかった。

つづく

向いていないから、やめなさい
2009年7月 7日 17:28
島田紳助さんと松本人志さんは、お笑い芸人の中でも特に尊敬している。ダウンタウンの笑いは、僕には高尚過ぎて(?)よく分からないけれど、松本さんのアーティスト性には感じるところがあるし、実業家でもある島田さんは、これまたかなり癖がある人物だけれど、非常に頭の切れる人だ。

この二人が共著した「哲学」という本は、なかなか面白いので、ぜひお勧めします。その中で、松本さんが、「向いていないから、芸人やめろと後輩に言った」ような記述があった気がする・・・手元に本がないのだけど。「好きでやっていて何が悪いのというが、才能がないのに好きでやっているのは悪い」とばっさり斬っている。ずいぶん自信家なんだな。きついこと言うなあ・・・と読んだ時は思ったものだ。

しかし、昨日、精神科医の加藤諦三さんの著書『「本当の自分」はどこにいる』を読み、まったく同じようなことが書いてあり、納得した。いわく、劣等感や間違った思い込みが原因となり、不得意な分野で職業選択をして、苦しんでしまうケースがあるという。

たとえば、本当は営業職よりは事務職が向いているのに、事務は女性のやることだから・・・と誤った思いこみを信じ、営業職についてストレスに耐えられなくなる男性、など。そういう人は、自分の間違った思い込みに気づいて正しい職業に就くことで症状が改善されることがあるそうだ。

僕も大学生のころ、レストランでアルバイトをして、接客がまるで出来ず、メニューも覚えられず、店長から「向いていないから、やめなさい」と首になってしまったことがあった。当時はずいぶんと傷ついたし、接客業に対するトラウマにもなったけど、言ってくれてよかったと思う。少なくとも、向いていないということを自覚でき、他の分野で勝負しようと思うきっかけにもなった。次についたアルバイトは料理店の厨房で、こちらは正解だった。接客よりも、料理の段取りを考えたり、食材と向き合っているほうが、僕にはずっと楽だったのだから(いずれにしても料理が好きだった。)

どんなに優れた人でも、全く違うフィールドでは、常人以下ということはよくあると思う。サッカー選手が事務職に転職しても、もとのサッカー選手のような働きはまず期待できないだろう。正しいところで勝負をする、これは本当に大事だ。楽だし、楽しいし、才能が花開き、チャンスにも恵まれる。逆に、間違ったところで勝負をしていると、苦痛だし、自信がなくなるし、チャンスも逃げて行ってしまう。今の仕事が全く楽しくない、という方は、それには向いていないという警鐘なのかも。

誰かに「向いていないから、やめなさい」というのは、よほど自分の眼に自信がないと言えないことだ。案外、相手に対して、体と心を壊さないように、時間を無駄にしないようにいたわる言葉なのかもしれない。しかし僕にはまだ、それを言う勇気がない。

万笛博覧会CMできました
2009年7月 6日 13:03




塙太郎さん制作。

あの感動を、今年も体験してほしい!
11月7日(土) 神戸六甲 にて。

http://banteki.com/

ウイグルで何が起きているのか
2009年7月 5日 01:18
許せません。みなさんにどうしても伝えたい。

ウイグル(東トルキスタン)のデモについての報道が殆ど行われず、日本政府、または政党としても公式な批判が全く出ていません。相変わらず、日本は中国共産党寄りの政治をしていますし、日本のメディアに、中国についての報道の自由などありません。

ウイグルは、もともとはトルコ系でウイグル語を話し、イスラム教を信仰するウイグル人と、中央アジアの少数民族の土地。そこを中国が無理やり併合し、同化政策を推進し、大量の漢民族を送りこみました。同化政策とは本当に恐ろしいものです。

ウイグル人に対して1人っ子政策を押しつけ、中絶を強要し、民族の混血を促します。また、ウイグル固有の宗教や言語や伝統文化を禁止し、漢民族の教育を押しつけることで、アイデンティティを奪ってしまいます。反対する者は政治犯として投獄され、処刑されることも多いようです。100年先を見越したような政策で、いずれは純粋なウイグル民族はいなくなってしまうのです。日本人が同化政策されたら、どれほど恐ろしいか、想像してみてください。

現在、人口の半分近く740万人もの漢民族が占め、政治経済からウイグル人を追い出し、ウイグル人に対して厳しい情報統制を敷いています。

また、中国はアメリカに対抗するための核実験をこの地で1964年から1996年にかけて、地表、空中、地下で延べ46回も行い、放射能汚染によって100万人以上の健康被害で出ており、出生率が低下し奇形児が増加するなどの人的被害をもたらしています。

今回のデモについて、中国メディアの報道は、国外のウイグル系政治組織が煽動した暴動である、と発表、また、今回のウルムチ暴動における死者184人のうち漢族が137人であると発表し、まるでウイグル人が一方的に悪者で、漢族が被害者であるかのような報道をしています。外国メディアを徹底的に締め出し、許可された部分での取材しかできません。

しかし、ウイグル系のメディアによると、ウイグル人によるデモは平和的に行われたとされ、それに対し武装した漢族が襲いかかったと報道、ウイグル人の死者は1000人を超えるとも言われています。

チベット騒乱も記憶に新しいところですが、中国は常に被害者を装い、それを口実に弾圧を行っています。今後、メディアの入らないところでジェノサイド(民族浄化)が行われるのではないかと、大変心配しています。

日本の政治もメディアも報道したがらない中国ですが、我々はその動きを注意していかねばなりません。今日のウイグル、チベットは、明日の台湾であり、そして明後日の日本なのです。


青森紀行6 一日目
2009年7月 4日 00:11
車に乗り、お寺につきました。大広間にはまだ殆ど人が来ていませんでしたが、ぽつぽつと集まりだし、机を並べたり、ご飯を並べたりと賑やかになってきました。

30人くらいの方にお集り頂き、準備が整ったところで、ぶん太さんから開会のご挨拶。今回の公演の趣旨と、今日の交流会の趣旨の説明、僕たちのご紹介を頂く。

乾杯の音頭のあと、ぶん太さんから皆さんをご紹介頂く。笛演奏のチャンピオン、指導者、楽器製作者を中心に、そうそうたるメンバーにお越しいただいたよう です。本当に畏れ多いです。

簡単なレクチャーと演奏を、とのことだったので、楽器や音楽についてお話をさせて頂き、いくつかの曲も吹かせて頂きました。

何しろ、この囃子を年十年と吹き続けている重鎮、楽器職人、 お弟子さんなどを前に、ケルトの笛の魅力を伝えて下さい、なんて。圧倒されるような囃子の演奏者がたくさんいるのだから、 必要ないんじゃないか、とさえ思った。

興味津々に見てくださる方もいれば、ほとんど見向きもしない方・・・きっとあの見向きしない人は「大御所」なのだな。それは、いきなり見たことも聴いたこともない「ケルトの笛」だものな。よし、負けるもんか。自分の音楽をやるだけさ。

ひたすら緊張した上に、かなり時間をオーバーしたけれど、なんとかまとめる。一生懸命喋って、吹いたけれど、これほど打ちのめされるような 気分になったのは久しぶりです。

しばらくすると地元の囃子演奏家の方が、次々と演奏を披露。常に、笛と鉦と太鼓の計3人がひとチームとなるようです。

同じ曲(登山、下山囃子)を吹いているのに、一人一人、まったく違う演奏をする。そのどれもが、津軽のアクセントを備えている。ぶん太さんの演奏では、ぶん太さんのお母さんがエプロンがけのまま、鉦で参加。ぶん太さんのお弟子さんの笛の時には、ぶん太さんの奥様が鉦で参加。

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お母さんも奥様も演奏をなさるとは思っていなかったので、大変驚いた。しかもみんな、とっても上手い!普段は他の仕事をしながらも演奏家として一流である多くのアイルランド人ミュージシャンとイメージが重なった。

ここで、津軽の笛について簡単に説明します。

津軽の人々の信仰を集める霊峰・岩木山。旧暦8月1日には、村落ごとに笛や太鼓、鉦を鳴らしながら集団で岩木山に登り、五穀豊穣を祈りご来光を拝む「お山参詣」が伝統的に執り行われてきました。

お囃子は、すなわち登山の時の囃子、下山の時の囃子の2種類。それぞれの囃子を演奏するために調子の異なる2本の横笛を使います。それぞれの笛では、1曲だけしか演奏しないのです。どちらの囃子も、一通り吹いても2分にも満たない短い曲。これを延々と繰り返して、山を登り、降ります。



ぶん太さんは小学校3年生の頃に囃子の笛を吹く名人おじさんを聴いて惚れこみ、入門して修行に励み、岩木山奉納本大会で現役最多の6度もの優勝を果たした、若手実力者なのです。

津軽の人々は、この1年に一度演奏する短い曲だけを、ひたすら何十年も練習し続けるのです。それも、習うのも教えるのも演奏するのも、お金とは全く無縁の世界で。ひたすら岩木山への敬意を表現し続けるために。

ぶん太さんもまた、チャンピオンになったあとも、「お前の演奏は上手いだけで、岩木山が見えない!」と、師匠からしごかれたそうです。そう、最高にスピリチュアルな音楽なのです。

ぶん太さんのお弟子さんは言います。
「笛が上手い人はたくさんいます。でも、ただ上手いだけで何も感じさせない人がほとんどの中で、ぶん太さんの演奏を聴いた時は鳥肌が立ちました。そして、入門を決めたのです。」何だかますます、アイリッシュの話を聞いているみたいだ・・・

宴もたけなわ、お酒もすすみ、皆さんだんだん砕けた雰囲気になりました。若手の方を中心に、僕の笛に興味を持って色々聞いてきてくださったり、僕の笛を吹いたりしていました。交流会らしくなってきました。でも、「大御所」は、中年のお仲間と座敷の奥の方で酒を飲むばかり・・・。

円満な雰囲気で会が終わり、会場の撤収を始めた頃に、「大御所」をつかまえ、お話させて頂きました。

とても厳しい方かと思っていましたが、思いのほか丁寧な方で驚きました。いろいろなお囃子のことを伺いました。

「昔は装飾音をたくさん入れて、音を転がすことがうまいんだと信じていた。でも、師匠から、笛は息で吹く楽器なのだから、音数を増やすなどゴマカしだ、息で音を変えろと指導されてしまい、 ある時期まったく吹けなくなってしまった。 少ない音数で、説得力のある演奏を目指すようになった」

「今では80ほどの団体があり、それぞれに違った囃子を伝承している。流派を統一させようなんていう話もあるが、そんなことはばかげている。それぞれ違った流派があるから面白いのであって、 どこも同じ演奏になっては、意味がない」

「どんなに音が綺麗でも、弘前の"におい"が感じられなければ、 弘前のお囃子じゃない。」
これ、まるで守安功さんが本に書いていた音楽家の話のようですが、 アイルランドの話じゃないですよ。

僕などは、1曲できるようになったと満足したら、次々と新しい曲を吹きたくなるし、演奏もレッスンもお金が関わる世界の中に生きていますが、ここまでの高い精神性を持って音楽に向き合えるのは、ある意味究極のアマチュアリズム(もちろん、最高の賛辞です)だと思うのです。志(こころざし)、精神性の高さという意味では、どんな一流のプロにも引けをとるものではありません。

日本にも、こんな偉大な伝統音楽があったなんて。初日からノックアウトされた気分でした。これだけでも、津軽に来れて本当によかった。いや、今日はどの体験をとっても、すべて最高の一日でした。

(2日目へ。まだまだ続く。)

モテるものとモテざるもの
2009年7月 3日 01:04
先日、北海道に帰っていた時、父親が取っておいてくれた中学校時代の文集やアルバムを地下室で見つけて、つい読みふけってしまった。中学生の自分は、つい最近のことのようでもあり、今とはまったくの別人のようでもある。

中学校のクラスメートの名前なんて、普段の生活で思い出すことはほとんどないのに、写真を見るとすらすらと名前が出てくるのは不思議だ。卒業以来、一度も同窓会なんて行っていないのに。

そうそう、好きだった子がいたんだよ。

結局、告白もしなかったし何の進展は無かったんだけどね。学校では無口な生徒でとおっていたから、通っていた進学塾にその子が来るようになって、塾に行くのが楽しくなっちゃったんだ。席が隣同士のこともあったっけ。なんだか、いい香りのする子だった。今でもその香りをちょっとだけ、思い出せそう。

高校に進学してから、別の学校に進学した中学時代に仲の良かった男友達と久しぶりに会って、その子と卒業後に付き合ったことがあるって聞かされた時は、かなりショックだった。その時には好きな気持ちなんて全然残ってなかったんだけどね。

勉強とゲームだけがとりえの地味な中学、高校時代を送っていたから、何人かの人に恋をしたけれど、結局誰とも両想いなどになったことはなかった。中学くらいから、今みたいに音楽をやっていればモテたりしたんだろうかと、想像したりもする。

今まで人生でモテたことなんてない。誰かに告白されたり、バレンタインの本命チョコを貰ったり、ラブレターをもらったりしたことは、ないんだ。堂々と言うものでもないですけどね。あ、小学校5年生の頃、親の友達か何かで、何時間か一緒に遊んだだけの1年生くらいの子に告白されたことがあった(笑)。小さい女の子の恋って、かわいらしいですね。でも、僕も幼すぎて何も感じなかった。もし、「言わなかったけど、あの頃、本当は好きだったんだよ!」という人がいたら、人助けだと思って(?)教えてほしいくらい。「なんで、その時言ってくれなかったんだよー!」と思うでしょうけどね。

僕に比べて兄はたいそうモテたので、たぶん中学生くらいから彼女が何人かいたようだし(同時じゃないはずだけど)、弟も高校で付き合っている子がいたようだ。僕はヒクツになっていたんだよな。ヒクツな男って、ますます女性を遠ざけそうだ。

大学に入ってからは、モテるとかどうとか、一切、気にすることが無くなった。音楽という自分の熱中できるもの、自分を表現できるものを見つけたから。人がどう思おうと、自分のやりたいことをやっているだけで幸せだった。それでも、ついにモテるということは無かったんだけどね。

「モテる」の意味は、多くの異性から好かれることだと思う。昔はモテればさぞ楽しいだろうと思っていた。何人もの人と変わるがわる付き合う人、つねに切れ目なく彼女がいる人。今はそうは思わない。興味の全く無い人に迫られても困るだろうし、まして誰かとお付き合いしている状態で他の異性にモテても、困ってしまうんじゃないかな。そんな状況になったことがないので、あくまでも予想だけどね。何人もの人と付き合ったと自慢している人も、結局はその誰とも、本当のご縁がなかったわけでしょう。

音楽をするようになってから、自分がはっきりしてきた。だから、好きな人の好みに合わせて自分を変えることが、ばからしく思った。少年よ、ヒクツになるな。モテない君にだって、好きになる相手を選ぶ権利はあるんだ。不特定多数にモテることよりも、自分が好きな1人だけに理解してもらえれば十分なんだよ。好きになってくれれば誰でもいいなんて、投げやりになるな。もっと、自分の人生を真剣に生きようよ。

昔から、僕が好きになる女の子は、ちょっとマニアックだった。同級生の男子にはまったく理解されないような、あまり噂にもならないような女の子が気になった。ほとんどは、女子のなかでも目立たない、大人しい、友達が少なそうな、でも強い芯とかセンスが光る人だった。思えば、その頃から僕の個性の芽があったんだなあ。今でも、いいなあ!と思う女性は、ちょっとマニアックだったりする。

当然だけど、結婚しても、異性をいいなあ!と思うのは自然なこと。僕の周りには魅力的な人が多すぎて、嬉しい限りです。未熟だった昔は心が乱れたけれど、今はその気持ちを客観的に冷静に受け止めることができるようになった。素直に、「素敵ですね!」と言えればいいのかもしれないけど、それは紛らわしいか。結婚相手って、やっぱり別格。僕を選んだお嫁さんも、かなりマニアックだと思う!

そんな人生を歩んできた僕だから、「モテる」ことにあまり興味がなくなってしまったけど、音楽家にとって、「モテる」ってすごく武器になるんじゃないかな。カリスマがあるということだし、熱心なファンが増えそうだ。勘違いしたファンの方も、増えそうだけど・・・。

僕は舞台で花がある演奏家のタイプだとは自分では思っていないけど、知れば知るほど興味を惹かれる、そんな、内側から滲み出るような魅力を持てるようになれれば。万人に愛されなくても良いから、ありのままの自分を気に入って下さるお客様に恵まれれば、それで大満足・大成功です。

青森紀行5 一日目
2009年7月 2日 23:24
酸ケ湯を後にし、弘前市の「ねぷた村」に。

http://www.neputamura.com/

ぶん太さんは、普段はねぷた村の職員として、青森の文化の普及、発展向上に努めていらっしゃる。中には、ねぷたの展示、太鼓の体験、伝統工芸や伝統のおもちゃ、遊びの紹介、津軽三味線の生演奏、津軽の農産物やお土産の販売などがあり、まさに津軽テーマパークだ。

ぶん太さんは、ねぷた展示コーナーで、お客様が来たときに笛を吹いているそうだ。仕事で笛が吹けて、囃子や津軽文化の普及にもつながるなんて、本当にぴったりの仕事を見つけられましたね。

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僕たちが入ると、係りの方が笛を吹いて下さった。ねぷたの囃子だそうだ。

ねぷたについて、ほとんど知らなかったのだけど、毎年、張り子の和紙に日本画を描いて作り、シーズンが過ぎると廃棄されるのだそうだ。こんなおおがかりなものなのに、一回で使いきるところが、日本らしい。また、画家の方の多くは他の仕事をしながら、夏になると絵を描いているそうだ。人気の画家ともなると、何台ものねぷたを書くことになり、そういう人は画家を生業にするとのこと。

いくつもの図案を展示してあり、いずれも繊細だったり、大迫力だったり、絵師の個性があり素晴らしい。大勢の津軽の人が、新作を楽しみにしているのでしょうね。

ここを後にすると、次には津軽の伝統工芸の展示。なんと、ただ物を並べているのではなく、職人さんがブースに入って、制作している姿を間近に見ることができるのだ。ここで、かわいらしい駒を買った。昔の子供は、こういうおもちゃでも十分楽しめたんだよね。ゲーム機よりも、友達とコミュニケーションが取れていいと思うな。

津軽三味線の生演奏、この日の最終回に間に合い、なんと出演していたのは山田里千美さん。2月に、ぶん太さんと一緒に京都のfieldに来られていた、美人三味線チャンピオンだ。思いがけぬ再会に感動!

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平日ということもあり、お客さんは僕たちだけだったけど、京都で聴いた時よりも更に更にノっていた、素晴らしい演奏でした。ありがとう。

ぶん太さんにしても、山田さんにしても、仕事で毎日、こうして好きな音楽を弾けるなんて、素晴らしいことですね。大阪にも「アイリッシュ館」があれば、毎日吹きにいくのに。あ・・・ある。僕にとっては、アイリッシュ・パブがそれなんだ。僕もまた、幸せだなあ。

ねぷた村を出ると、大きなお城が。弘前城だ。ここ弘前は、1871年まで青森の県庁所在地であり、つまり江戸時代から青森の首都だったのだ。今も、小京都と呼ばれ城下町の風情をたたえている。充実の観光を終えて、弘前のぶん太さんの家に向かう。

途中、ぶん太さんの家の近所のスーパーに立ち寄る。

店頭に山積みされているバナナと、その安さにびっくり。青森はバナナの消費日本一なのだそうだ。雪国青森といえば林檎で、どうしても熱帯のバナナとは結びつかないけれど、青森の人はバナナを日常的にたくさん食べるのだそうだ。

旅先のスーパーで必ずチェックするのは、野菜と鮮魚。必ず、何か珍しいものがあるものだ。ここでは、ホヤを発見。果物みたいな外見。貝ではなく、軟体動物のようだけど、どうやって調理するんだろう?他の鮮魚類のラインナップは、北海道に近いなと感じました。

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しかし、このときは、青森の食材の奥深さを思い知るとは想像もしなかったのでした。(意味ありげ・・)

夕方、ぶん太さんのお家に到着。

僕と赤澤さん用に1部屋あてがってくださっていた。ありがたいことです。荷物を解くと、さっそくお土産を手渡しました。やっぱり、笛!

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ぶん太さんが京都に来られた際に、登山囃子の津軽塗のたいそうな竹笛をプレゼントくださったので、こちらからはドイツが誇る名工 Overtonのホイッスルをプレゼント。津軽の地にケルトの音色が響くことを夢見て。自作曲を中心に演奏活動されているぶん太さんなら、きっとすぐに吹きこなしてしまうはず。花が咲くのが楽しみです。

軽くお食事を頂き、今晩は近所のお寺で、囃子の達人や愛好家による歓迎交流会を企画してくださっているとのこと。本当にありがたいことです。どんな夜になるのでしょう。

(つづく)

青森紀行4 一日目
2009年7月 1日 22:51
奥入瀬渓流から車を走らせ、八甲田山の中にある名湯「酸ケ湯温泉」に参りました。八甲田山といえば、死の行軍でも有名です。
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ここへ来るのは初めてですが、温泉好きの僕としては、もちろん存在を知っており、あこがれの湯でした。高い山の中にあり、周囲には硫黄の匂いが立ちこめており、火山活動がいまも盛んであることを物語ります。

なんと、この温泉には八甲田山の案内人であり、仙人と呼ばれていた鹿内辰五郎(1880-1965)氏が毎朝の日課として横笛を吹いていたという由緒があり、ぶん太さんはそれをやってみたい!と、予約くださったのです。

検索してみると、去年、他にもそういうもの好き(?)な方が笛を吹いておられたようです。

これが、館内にある仙人の紹介文。

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建物は昔ながらの鄙びた湯治宿といった風情で、旅館としての機能も備えています。フロントの方が、控え室を用意くださっていて、立派な個室に通してくださいました。

どんな状況になるのかわからなかったので、僕は笛を持ってこなかったのですが、ぶん太さんがプラスティックの横笛などを持って来て下さっていました。いざ、お風呂へ。

ここは、千人風呂という大きな浴槽が2つあり、《混浴!》です。混浴って、なんてわくわくする響きなんだ・・・。天井が高く、広い空間。尚、お湯は強酸性のため石鹸の泡が立たず、洗い場がありません。お湯に浸っていると、何やら立札が・・・「←男 女→」おっと、ここは、混浴でありながら、一応、お湯の中に境界線があるようです。

まずはお湯を堪能。白濁色のお湯は舐めてみるとレモン水のような強烈に酸っぱい味がします。お湯を舐めると、ナトリウム泉なのか、鉄泉なのか、硫黄泉なのか、だいたいわかるのですよ。ぶん太さんには驚かれましたが・・・。

混浴といって期待するのは馬鹿な男の性(さが)。でも、平日のお昼間から若い女性などいるはずも
ありません。いるのは、還暦を迎えた頃の男女ばかり・・・これは、煩悩に邪魔されずに安心して笛を吹けるというものです。

ゆっくりお湯につかり、いざ、ライブ開始。ぶん太さんと僕とで、交替交替にソロを披露します。もちろん、お湯に浸かりながらではなく、立って演奏したのですが、腰にタオル巻きで、ちょっと恥ずかしかったり・・・。

こういうとき、何を吹くのか悩みますね。手始めにアイリッシュのスローエアーを吹きました。ぶん太さんはオリジナル。その後、僕はジグ・・・。10数名の入湯客はお湯につかりながら、しんみり聴いて下さって、喜んでくださっていたように思います。写真が撮れたらよかったのですが、もちろんナシで。

仙人ゆかりのお湯で笛を吹くとは、最高の名誉です。

車の中では、山の中に湯気が立ちあがり、そこに腰かけてお尻を温める「~~ふかし」についてぶん太さんから聞きました。なんかエッチな話ばかりですみません。青年二人が温泉宿で中学生に戻ったようでした。

次はねぷた村へGO!!

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